神慮に依る「野辺地ものがたり」
第 三百一 回 目 痛快喜劇 「 世の中の悪を ぶった斬る 」シリーズ ―― その 弐 『 ババの事件簿 嘘には ウソで 叩け 』 人物:虚言癖の女、被害に遭った人々、ババ、その他 ババの自宅。電話口に出て居るババ。 ババ「えっ、何ですって…。言ってることが分かりませんが。いえいえ、声ははっきり聞こえているのですが、そちらの言っていることが全く呑み込めないのですよ、吾には」と電話を切ろうとする。すると受話器から大きな声が聞こえて来たので、 ババ「えっ、何ですって? ですから、さっきも言ったように話は聞こえているのですが、あんたさんの言う事がまるで理解不能なのですよ、吾には。えっ、何ですって…。アイ、ドントノウ、さっぱり分かりませんね。吾には子供も、孫も一人も居ないので、その孫が おれおれ詐欺 そっくりの電話をして来る道理がないでしょうが。それで、吾は最初から何が何だかさっぱり分からないって、何度も言ってるでしょうが。この、おたんこなすのデレ助が」と、電話をガチャンと切ってから、電話の向こうの相手に向かって アッカンベー をして見せるババ。 休日の公園。数人の人々が話している。 主婦A「わたしはあの人から色々な陰口をされて、本当に困っているのです」 主婦B「私もですよ。有ることない事、何であんなことをあの人から言われなくてはならないのか、全くワケが分からないのですよ」 主婦C「そう言えばスーパーの店長さん、御店の悪口をさんざんに言われて困り果てているって、零(こぼ)していたわ」 老人「わしも聞いたな。老人ホームでも、職員の方がありもしない虐めがホーム内で横行している。それをホームの関係者が見て見ないふりをしていると、警察に何度も告げ口に通っているって。警察でもあの人の嘘話にはさんざん手を焼いているって」 そこにやって来たババが仲間入りする。 ババ「何を皆さんで熱心にお話されているのですか? 私にも聞かせて下さいな」 主婦A「いえね、楽しい話なんかじゃないのですよ」 主婦B「そうですよ、みんなして憤慨しているのよ。あんまりひどすぎるって」 主婦C「聞いて下さいよ、お婆さん。考えられないような悪さをしまくっている人間がいるのですから……」 ババはグループの皆がそれぞれに話す話題に耳を傾ける。 数日後の川沿いの散歩道をババと爺が並んで歩いている。 ババ「どうして嘘ばかりつくのか、その根性曲がりの心の中が、吾には全然理解できないよ」 ジジ「罪もない、例えば ウソも方便 といった人の為になる、そういった嘘なら、全く問題ないわけだけれど、今問題の女性の場合には何処か根の深い病根のような、一筋縄ではいかないものを感じさせる」 ババ「そこですよ。嘘ばっかりついて歩いては、大勢の人の大変な迷惑や障害となっている。本人はそのことを自覚しているのか、いたって平気な顔で生活している」 ジジ「常識では考えられない。世の中には実際色々な人がいる、だけではこの人のケースは済ますわけには、いかない所がババも言うように、根が深くて厄介なのだ」 ババ「その人の事、どんな人なのかあんた知ってるそうじゃないの。少し話して呉れない」 ジジ「俺もそんなに知ってるわけではないけれども、知人からのまた聞きで少しは知ってるって感じかな。何でも子供の頃はごく普通というか、特別に変わったところのない少女だった、らしいのだ。所が大都会に働きに出て五六年して戻ったときには、別人のように人が変わってしまっていた」 ババ「人が変わった? 何か重大な体験でもしたんだろうか」 ジジ「その辺のことは詳しく知らないが、何でもその頃かららしいよ、嘘とかほら話の類が多くあの女性の口から出るようになったのは」 ババ「同じ嘘やほら、作り話でも他人を楽しませたり、明るくするような物なら歓迎なのだけれど」ジジ「ほんとだね、お宅も吾を楽しくさせる作り話を、いっぱい聞かせてくれると嬉しいのだけれど」 ババ「吾は本当の本当の事を言うしか能のない、詰まらない人間だからおめえの事、好きだなんて口が裂けても言わないよ」 ジジ「それでは吾は困ってしまう。嘘でもいいから大好きだって、一回でいいから言ってもらいたいものだね、優しい、優しいお婆さん」 ババ「おめえから、お婆さんなんて呼ばれる覚えはないよ。お嬢さんて言いなさい、他に誰も聞いている人がいないのだから」 ジジ「おじょーさん、御姫様、可愛子ちゃん」 ババ「ばーか」と爺を置いてきぼりにしてサッサと行ってしまう。唖然として立ち竦んでいるジジ。 数日後のバス停。中年の女と若い男がバスの到着を待つ間に会話している。 若い男「ですから、僕は UFO の存在自体を信じてはいませんから」 女「だから、それが可笑しいって言うのよ。現代人ならUFOを一回か二回は目撃していない筈はないのですからね」 男「何回も繰り返して言っているように、俺はそんな非科学的な事は信じない主義なので」 女「ははあーん、分かったぞ。あんた彼女から振られたね、つい最近」 男「知りませんよ、そんな事。言いがかりをつけないで下さい」 女「ほーら、図星だった。それはね、あんたがのろまで、鈍感だからなの」男「うるさい人だな。僕の、いや、俺の事などほっといて下さい。俺は昔から女性には持てない方なので、彼女に振られるのには慣れているのですからね」 女「道理で可笑しいと思っていたんだ。あんた相当に感度が、感受性が鈍いね。だから、彼女には振られ続けるは、UFOはその気になれば目撃できるのに、一回も見たことがないんだ。お気の毒に」 男「そう、鈍感だの、感受性が鈍いだなどと、子供のころから自分で一番気にしていたことを、初対面の貴女からそうずけずけと言われたのでは、俺の、僕の立つ瀬がないじゃありませんか」 女「(愉快そうに笑いながら)そーら言ったこっちゃない」 この二人のやり取りを少し離れた物陰から見守っている人物、ババが居る。 しばらく後、別の通り。先ほどのバス停の女が何か楽し気に行く。後ろからババが追いかけて声を掛けた。 ババ「あー、もしもし、其処を行く美人の貴女」 女「(自分の顔を指さして)む、私の事かしら?」 ババ「そうですよ、そうに決まっているじゃないですか」 女「わたし、あなたの事を知りませんが、どこかでお会いしましたか」 ババ「いいえ、吾の方はあなたの事を見知っていますが、話をするのは今回が初めての事です」 女「それで。何か御用ですか、この私に」 ババ「大変ですよ。あなたの背中にエイリアンが取り付いている。そのままでいるとあなたはやがてUFOの内部に連れ込まれて、人体実験の材料にされてしまうかも知れませんからね」 それを聞いた女はくるりと踝を返すと、そのままスタスタと行ってしまおうとする。ババは脱兎の如くに女を追い越して、女の行く手をさえぎった。尚もババを無視して行こうとする女と、押しとどめようとするババとがもみ合いになる。 ババ「人殺し、吾は殺されてしまう。誰か助けて下さい、誰か!」と大声を上げるババ。 女「あんた、ねえ、いい加減にしてくれない。誰があんたに危害を加えようとしているのですか」 ババ「吾は年寄りですから、あんたから邪険な扱いを受けて、命の危険を感じたのですよ。今の流行の言葉を使えばパワハラとか言うらしいけれども」 女「どうでもいいけど、お婆さん、あんた相当頭が行かれてしまっているようですね」 ババ「お言葉を返して悪いけれど、その言葉はそっくり其の儘、お前に返して上げるよ。さぞかし若年性認知症でも患っているのではないかい、お前さんは」 女「何だって、この糞婆あ。死にぞこないめが」 ババ「吾が死にぞこないならば、お前は生まれ損ないの嘘つき怪獣みたいな、珍種のお化けだよ」 女「口の減らない婆さんだこと」 ババ「あんたからそんな お褒めの言葉 を頂戴す程の事も無いけれど…、あっ、今度は巨大なゴジラがあんたを踏んづけてペシャンコにしようとしている。あっ、あっちからは恐ろしい大蛇が、あっ、こっちには死神が、みんなしてあんたを殺そうとして狙っている。恐ろしい、くわばら、くわばら…」 女「(最初は半信半疑、途中からは恐ろしさに身を震わせながら)助けて、誰か私を助けて…」とその場に崩れる如くにしゃがみ込んだ。 ババ「地獄で閻魔大王さまが、あんたが来るのが待ち遠しいと、手ぐすね引いて待っているってさ。どうだい、さぞかし嬉しいことだろうね。あんたには因果応報、当然の結末さ」 女「(両手で耳を塞ぎながら)もう許して下さい。後悔してます。もう、嘘は金輪際吐きません」 ババ「この場に及んでも、まだ嘘を吐いている。この大ウソツキが、思い知ったかっ!」と女が耳に当てていた手を払いのけて、一語一語を突き刺すように言う。仕舞には、ババに両手を合わせて拝みながら許しを請う、女である。