神慮に依る「野辺地ものがたり」
第 四百七 回 目 「 子供は 社会の宝 なのか? 」 ―― 架空の本音 闘論会 実況中継 人物:歴史研究家 哲学者 宗教家 詩人 ババ(一般普通人代表) 場所:裏口大学ドクターコース研究室 司会者「それでは非公開で実施される、意欲的にして真に人間社会に貢献する事を目指す第一回目の闘論会議を開始したいと思います。私は司会の歴史学専攻のレキシです。それでは着席順に自己紹介を兼ねてテーマに対する御自身の本音のエッセンスを、簡単に御発言頂きたいと思います」 哲学者「テツガクです。こういう問題は何とでも言えるのですが、敢えて今日は断じて宝などではない、という立場で見解を述べましょう」 司会者「ほーう、早速に意欲的な立場の表明がありました。つまり子供は社会の宝ではない、と言うご意見の様ですね」 哲学者「左様です。えてして先生などと世間から持ち上げられている人種に限って、世間に迎合する、つまり口当たりの良い嘘ばかりついている。そこで私はズバリ本音を御披露したい」 宗教家「シュウキョウです。宝でもあるし、宝でもない。私はそういう立場から意見を述べたいと考えます」 司会者「成程。興味深いご意見が拝聴出来そうです」 詩人「シジンですが、この世で子供ほど大切な宝物は二つとない。これは私の信念です」 司会者「有難うございます。最後に一般の方を代表して、柴田えつこ様にオブザーバーとしてご参加頂きました。専門家ではない世俗社会を代表して、忌憚のない率直なご意見をお願い致します」 ババ「柴田です。吾は匿名にする必要を感じませんでしたので、実名を名乗りました。吾の立場は在り来たりですが、子供は世の中の宝であって欲しいと希望しています」 司会者「一通り本日の参加者の御紹介を終えましたので、即座にテーマの核心に入りたいと考えます」 哲学者「昨今の社会で頻発している現象を見れば直ぐに分かるのですが、子供は大人の邪魔、いや、必要悪とでも言うべき嫌な存在でしかない。子育てには金がかかり、教育にも莫大な費用が要るし、まともに育つのはそのうちのほんの一部でしかない。いや、大部分が腐った果実に等しく娑婆塞ぎとは、まさにこの事を言うのでしょう」 詩人「暴論ですよ。みんな大人が悪いから、純真で無垢な子供達が罪もないのに毒されている」 宗教家「お二方とも極論に走り過ぎです。社会を維持していく為には生殖行為が必要であり、子供はその過程で大切にされなければならない。宝と考えれば宝だし、邪魔だと見做せば邪魔とも変ずる。大人の側の心掛け次第なのですから」 司会者「昔から貧乏人の子沢山と言う事があったのですが、今日では少子化が問題視されている。皮肉なもので、多くても又少なくても問題が出て来る」 ババ「難しい話が多くて吾には訳が解らないのですが、子供は文句なく可愛いでしょうに」 哲学者「そう言う感情論を持ち出されると、理論は進まなくなってしまう」 詩人「しかし、人間は感情を持った動物ですからな。感情を抜きにしたら人生は無味乾燥なだけの砂漠のような世界になってしまう」 宗教家「私達人間にとって子供とは一体どのような存在なのか。結局は絶対者と人間との関係に帰着せざるを得ない命題です」 哲学者「つまり、人間存在とはそもそもどの様なものなのか。究極の疑問に直結する」 ババ「それで、その難しい問題の答えはどうなるのですか。そして、子供は宝なのか、そうでないのか、吾はそれが知りたい」 司会者「いよいよ議論は白熱して参りました。一寸早いのですが少し準備の都合もありますので、十五分程の休憩を取らせて下さい」 数分後。劇中劇 ― ロールプレイの 「1」 新宿の夜の公園 一人の若い女性が暗い街灯の下でベンチに腰を掛けている。誰か人を待っている様子。酔っ払いなどの男達が何か興味を惹かれながらも、通り過ぎていく。 ナレーション「この十代の娘は所謂 神待ち と言って自分に興味を持って声を掛けて来る男を只管に待っているのだ…」 ロールプレイの 「2」 学校近くの路上、近くには「子供は地域の宝」との看板がある。 小学生の男の子数人が一人の同級生らしい男子をいびっている。 男の子1「こいつ汚い、身体中がばい菌だらけだ」 男の子2「ほんとだ、ばい菌の嫌なにおいがしている」 苛めに遭っている小学生は「僕は汚くなんかないよ」と抵抗するが、グループの男の子たちは面白がって尚もはやし立てる。 男の子3「こいつお風呂入ってないぞ」 男の子4「臭い臭い、鼻がもぎれそうに嫌なにおいだ」 小学生は「ぼく、毎日お風呂に入っているもん」と抵抗するが多勢に無勢で、その場にしゃがみ込んでしまう。 ナレーション「これもごく普通に行われている虐めの典型例である」 元の研究室で指定の席に座っている闘論会の参加者たち。 司会者「無作意にサンプル例をお示ししましたが、これらを参考材料に加えて頂いた上で、闘論を続けたいと考えます」 宗教家「子供達は社会にとって宝であるか否かという問題以前の由々しき、深刻極まりない事態ですナ」 哲学者「同感です。むしろ大人の生き方の反映として捉えるべき現象ですね。無論、子供は社会の宝などではなく、社会の重い荷物と化している」 詩人「前の例と後の例とでは問題の所在が違っている。神待ちとは、家庭の中に居場所を失った子供の実に哀れ極まる人間性の喪失であり、又、虐めは大人社会に遍在する弱者に対する陰湿で卑劣な力の行使が、低年齢化したものと理解出来ますよ」 司会者「ペッキングオーダーと言うのがあります。鶏小屋でボスの雄鶏が隣の鳥をくちばしで突(つつ)く、順次強い鳥から弱い鳥へとつつきがあって、最後の若鳥が首をうなだれて終わる。鶏小屋内部での序列の確認行動です。人間も動物ですから、こう言った本能が存在している。それが弱者への攻撃として捌け口を求めると見るのが、正しい理解と言えるでしょう」 詩人「ノーベル平和賞を受賞したマザーテレサが、愛の反対は憎しみではない。無関心なのだと明言を吐いているが、誰からも相手にされないよりは、男の玩具になる方が孤独地獄に堕ちた娘には、有難いとでも主張しているのでしょうか」 ババ「(独白)まさか、そんなことを若い娘が考えているわけではないでしょうよ。ただただ寂しくって、哀しくって…」 司会者「歴史的に考えると、貧乏の為に子供を売りとばす親が居た。人身売買ですな。客観的に見れば子供への虐待、乃至は命に対する止むを得ざる軽視、と言った現象が言わば常態化していた」 詩人「親自身が極貧状態で食えなかったから、文字通りにわが身を削るような辛さに堪えながら、子供を手放した。しかしそれは、逆に言えば子供が宝であったことを、裏切り示してもいる」 宗教家「間引きや堕胎、つまり幼児殺しの一種と言えますが、これを子供の生命を軽視していたと解釈するのは、問題がある。つまり経済上の都合、懐具合の問題に還元されてしまう」 哲学者「強者が弱者を食い物にする。これは謂わば神の計らい、天の摂理です。生物界を幅広く支配している鉄則のようなもの。子供の命が大切な宝であるか否かという命題は、生ぬるい、中途半端な問題意識のなせる業であり、私に言わせればナンセンスであります」 ババ「ナンセンスってか、ということはバカらしいと言う事ですか」 哲学者「左様。ですから私としては強いて言えば断じて宝などではないと、そう申し上げているわけです」 ババ「なんてまあ、学者などと言うお方は人情味のない、冷たいお人であること」 詩人「学者は真理を冷静に探究するのが使命でありましょうが、私は美を追求する芸術家の一人として、白銀も 黄金も珠も 何せんに 勝れる宝 子に如かめやも と子供は親にとって絶対的に大切な至宝だと、こう強く主張致したい」 ババ「あなた様のお言葉は素晴らしいのですが、実際に生きている子供達は、大切にされていない。宝物としての当然の扱いを大人や社会から受けていない。それが問題なのではありませんか」 司会者「柴田さんの仰ることは分かりますが、問題を解決するには先ず、科学的で合理的な分析が無くてはなりません。それで我々としてはその現状に対する理解・把握、そして認識を深め、対策や対処法を研究するべく…」 ババ「研究とか議論はもう沢山です。現に大勢の子供達が苦しみ、悩んでいる」 哲学者「ですから、司会者も言われたように問題解決の為には、問題の所在を確かめ観察や思考による叡智の結集によって、その…」 ババ「呑気に暮らしていける暇人はそんな能天気な事ばかり言って、時間を潰していればよいでしょうが、今現に生きて困っている、悲鳴を上げている子供達は、一体どうしたらよいのでしょうかね、ええ」 宗教家「救いは既に神という絶対者によって与えられている。後は我々人間が如何にしてその有難い救いを具体化するか、その手段や手法に掛かっている。限界有る者が狭い枠の中でどの様に行動するのか、或いは行動しないのか。その意味からは選択の問題と言ってもよい」 詩人「まさに行動の問題なのです。我々大人として直ぐに出来る事と言えば、子供に正対する、可能な限りで寄り添う、その事に尽きるでしょうか」 司会者「現実の冷厳な事実に対処する謂わば特効薬のような処方箋はなかなか出てはこない。しかし、何時いかなる場合でも絶望してはいけない。明るい希望を胸に未来に向かっていくべきなのでありましょう。本日は御参加有難う御座いました」 期間経過。キャンパスを抜けて、細い商店街の中の道を行くババとジジの姿がある。 ババ「吾、自分が貧乏で、年寄りであることがしみじみ有難い事だと、今日は思ったよ」 ジジ「ほーう、それは又何でなんだい」 ババ「今の子供や、これからの子供達は本当に大変だと思うから」 ジジ「それと、貧乏で年寄りが有難い事とは、どんな関係があるわけ」 ババ「吾、頭が悪いから上手い事言葉で喋れないけれど、ただそう感じた訣」 ジジ「ふーん、俺もそう言われてみたら、貧乏で年寄りだってことが、妙に有難い事に思えてきたよ」 ババ「あんたは何時でも賢いね、感心するよ」 ジジ「そのセリフ、あんたから言われたのでなかったら、素直には聞けないけれど…」 ババ「だから、だから、頭がいいって言うのよ」 ジジ「お褒めに預かって俺、本当に嬉しい」 二人は固く手を握り合って街中を歩いて行く。 《 完 》