近松の作品を読む その八
彦九郎は衣を打ち振るい、辻にある門の片陰で頭巾を後ろへずり下げ、笠をあみだに被り、上に衣を引っ張って、暖簾の端から差し覗き、かねてから覚えていた観音経第二十五爾時無盡意菩薩(にじむじんいぼさつ)、即従座起偏袒右肩合掌向佛而作是言世尊観世音菩薩(そくじゅうざきへんだんうげんがっしょうこうぶつにさぜごんせそんぼさつ)、以何因縁名観世音菩薩(いかいんねんみょうかんぜおんぼさつ)、ええ、喧しいしいわい黙りなさい、と言いながら走り出て来た下女の様子を探ろうと、申しあなた様、早朝からのお客であったようですが、何方様で御座ろうか、と問いかけたところが、どこも下司と言う者は口が軽いもので、あれは田舎のお侍、ここの旦那様の鼓の弟子で、お国の殿様から鼓のゆえにご加増があったそうで、これも師匠のおかげですと言ってこの度御礼に参られたのじゃ、旦那様に銀十枚、内儀様へは一歩判金を五つ、わしらまでずらりと誰彼のけじめもなく一人あて三百文の御祝儀にあずかった、そなたが一日朝から晩まで喉の穴が痛いほどに観音経を読んだとて三百は貰えまいよ、さっぱりとお経などは捨ててしまい、手鼓などでも習って売ったほうが得であるよ、今からでも鼓を打ちなさいな、と下衆女の問わず語りの早口に言い捨てて、内に駆け入ってしまった。 彦九郎はうち頷いて、様子は聞いたぞ、今からでも鼓を打てとは幸先がよいぞ、皆に囁き勇んだのだ。 時も経過しないうちに客人は、裃を脱いで脇差ばかりを腰にして、編笠を被りただ一人だけで出て来て、あたりを気遣う風情である。立賣を東の方向に、洞院の南へと下ったのだ。 人々は一緒に寄り集まって、これは推量するに、きっとただ今の侍が下人どもを残して、表には槍も置きながら、自身はこの家にいるような様子にして祇園会の山鉾山車(やまぼこだし)を見物に行くと見えたぞ。七八人の下人どもが留まっているからは中々容易には討ち難い。どうしたらよいだろうかと、それぞれが小声になって相談する。 文六は血気に逸る若者なので、そのように言っていたのでは何時までも本望を遂げる時節はないでしょうよ、下郎どもが居ても目指すのはただの一人でありましょう、助太刀するのであれば撫で斬りにしてしまうまで、それからは運次第でしょう、さあさあと言って斬り入ろうとする。彦九郎は平静に、ちょっと待て、妙案があるぞ、文六を押しとどめてから再び門の前に立ち、暖簾を上に上げて、これ、申し、頼みましょう、先ほど編笠を召してここから出立なされた殿御は、山鉾を見物にと出かけられて三條上る室町で喧嘩を初めまして大勢に取り囲まれておりまする。お知らせいたします、と大声で呼びかけた。これは大変だと下人どもははらはらと駆け出しながら、三條とはどう行くのだ、室町とはどう行けば良い、北か西か、とおっとり刀でいずれも遅れまいと走った。 さあ、北の方角ですと後ろから呼びかけた。この策略が外れるはずもなく、運の盛り、刻限も先勝の時が至ったぞと喜び、衣を脱ぎ捨てふわりと捨て、親子の脇差を両人の女達に渡せば、心得て、鍔を打ち鳴らして腰に落として鉢巻も凛々しく抱え帯からげた膝頭が白々と、小足を踏ん張って立った姿は男勝りとも言うべきだろう。 南無正八幡大菩薩、神力、威力を与え給えと、心中に祈念して、二人の女は堀川口に、親子は立賣西東へとと立ち別れたと見えたのだが、中戸障子を蹴破って、ばらばらと駆け入ったのだ。 この思いがけない意外な攻撃に遭って、家内では下女も下人も「ああ、怖や」と言って裏口を指して逃げ出した。 あれ、あの者こそ宮地源右衛門ぞ、とお藤から声を掛けられた相手は、不意のことで、まだぼんやりとしていたのだが急いで立ち上がると二階への梯子、半分登ってから腰を打ち付けてしまい、拳を握って左右を睨み、控えている構え。隙間も見せずに二人の女は両方に引き添うのだった。 彦九郎は大声を上げて、我こそは小倉彦九郎である、妻女のお種と不義の段が露見したので、女は先月の二十七日に刺殺したぞ、女敵め、逃がさないぞ、と声をかけてからはったと相手を斬った。心得た、とばかりに足を上げて梯子に手をかけて「えい、やっ」と二階へ上がるのを追いすがって二階に上がろうとするのを、源右衛門の女房が壁際に架けてあった薙刀を急いで手に取り、相手を二階に上げてなるものかと切り結ぶ。下人共は物の間から、寄る棒、杖よ、箒よ、と支えるのが足でまといとなって、躊躇している隙に源右衛門は虫こ窓から手を出して、軒に立てかけてあった槍を引っつかんで、上がり口から指しおろしに突きかけたのだ。 彦九郎は嘲笑って、なんで貴様のねずみを突くのが関の山の鑓などに撃たれるものか、鼓の胴を握っても鑓の柄を握った習いは知らないだろう。構えといえば隙だらけだぞ、我流の槍の振り回しぶりを見物してやろう、と彦九郎は相手の槍の柄の身に近い籐で間を透かして巻いた蛭巻の部分をはっしとばかりに切って落としてしまった。相手は、ええっ、小癪な、われはもとより武士ではない、槍を持つ術は知らないが、鼓の御蔭で打つことは体得しているぞ、この碁盤を受けてみよと、狙いをすましてはたと打った、双六盤やら将棋の盤を取っては投げ、取っては投げして、後からは火入れ煙草盆、茶の湯で湯を沸かす風呂釜、茶碗、枕をいくつも入れておく枕箱を、がらりと打ち空けて手に触れるのをはらり、はらりと投げたのである。さながら天から降る雨のようで、寄るのが難しい状況である所に、妹のおゆらが表に廻り、辻の門に手をかけて柱を伝い貫木(かんぬき)踏んで尾垂(おだれ、庇のこと)から這い上がって抜き打ちにちょうと斬った。 源右衛門はせん方なく四尺の屏風を押し倒して、上から取って押さえれば跳ね返そうと挑み合う、遂には源右衛門はゆらの脇差をもぎ取ったのだ。その間に彦九郎は梯子を上がって逃がさないぞと追い立て追い立てして切り結ぶ。斬り合いが激しくなると源右衛門はこれは敵わないと大道へと飛んだのである。彦九郎は続いておりて、ひらりとばかり橋の上まで切り出した。 あたり四方の町々から、さあ喧嘩だと東西の門を閉じて、叩き殺せと人々が集まってきた。 藤とゆらの二人の女は大声を挙げて、正式に訴えでた敵討ちでありまする、他の人には害は与えません、粗忽な手出しをいたすでないぞと声をかけて、門の左右に仁王立ちに立った。 二人は此処が大事であると息を休めながら休息を取り打ち合わせ。命限りと火花を散らして相手と斬り合ったが、彦九郎は侍、相手は町人である、それを相手に本気で立ち会うのは見苦しいと思ったのか、自身はあまり活躍しないで、打ちかかってくれば追い払い、二三度身を揉ませて切りかからせて、もうここまでであると見極めをつけると射った矢の如くにつっと相手の手元に入り、相手の左の肩先から右の脇腹にかけて斬り捨てると、うつ伏せにどうとばかりに倒れふした。文禄も直ぐに飛びかかって母の敵と切りつけた。藤が為には姉の敵と打ちかかり、同じくゆらは兄嫁の敵だと恨みの刃を打ち下ろした。最後は四人が同時に乗りかかって一度に止めを刺したのである。これは前代未聞の振る舞いであった。 町中の者が寄ってきて手にした棒を突き並べて、四人の逃亡を警戒しながら、町内の者として念を入れるため腰の物を預かって所司代からとかくのお指図があるまで外へは逃がしたりはしませんぞ、町内の事件を扱う事務所へ取り押さえて押し込んでおけ、と四人の男女を取り囲んでしんずしんずと歩ませていく。見事さ、立派さ、心地よさ、世上にたちまちにぱっと噂が立って囃し立て、言い渡した。山鉾の賑やかなお囃子に負けないほどの賑やかさ、見事に討ち取ったり女敵うち、実話通りに仕組んだが、操り芝居で太夫の操る舌の先にかかり、世上の評判を取ることとはなったのだ。 こうして、近松門左衛門の人形浄瑠璃を続けて二曲ほど鑑賞してみたが、心中事件と言い、仇討ちと言い、実際に起きた事件をもとにしているので、所謂、不自然さを故意に隠そうと意図する作為も目立たないで、流暢な語り口の流れで観客・読者を文句なく酔わせ、楽しませてくれる。エンターテインメントのお手本のような作品である。劇的とは、極めて人間的であることの同義である。人間は人間らしさが非常に好きなのですね。死にまつわる劇的なスペクタクルの展開は、何度でも鑑賞するに堪える上質な娯楽の種なのでした。硬い事は言わずに存分に楽しめばよいのであります。