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草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2024年10月22日
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お種は文六を送って外に出て、これ、文六よ、そなたは家へちょっと立ち寄って、祖父様に只今帰りまし

たと報告して下さいな、私も自宅に帰りたいので下女のりんを迎えに寄越して下さいな、文六は心得まし

たと返答してから主人の待つ自宅に帰ったのである。

 家々で表門を閉める夕暮れどき、場所は町のはずれ、女主人は年の若い人、夫は長く東のご奉公で留

守、心をしっかりと保つためにとひとつだけ欠点があって酒好きである、乱れを見せていない顔もほかほ

かと赤らんで重たくなった頭を撫でる櫛、身繕いするので鏡に向き合う姿もどこか風情がある。そして男

恋しい気配が見えるのだ。

 同じ家中の夫彦九郎の同僚である磯邊床右衛門は病気であって、江戸への殿様の御供役は許され在国し

ていたのだが、下人も連れずに潜り戸を開けて、お見舞い申すとつっと中に入る。お種ははっとして鏡を

横にずらして、忠太夫は今朝から外出致し留守で御座いまする、と言い捨てて奥に入るのを後ろから抱き

とめて、これ、申し、留守を承知で参ったのであるから御親父には用事はない、そなた様故に恋焦がれ、

舟人ではないが目の前に迫った岩に波がせき止められる危険を冒し、この磯邊床右衛門、今年はお江戸を

勤めたので俸禄を増されるのは確実なこと、その武士としての立身を捨ててまで仮病を使って上役に願書

を提出して御国に留まったのもみんな君を得たいと思う恋心からだ。病気と言うのも嘘であってまんざら

嘘ばかりではない、恋の病でお種様、どうにも身動きがとれないでいるのですから、どうかお情けの恋の

薬を一服頂戴いたしたい。頼み申す、拝みます、とお種を抱きすくめると、女房の方は少しばかり酒には

酔っているが気丈にも、ええ、嫌らしい、面倒な、と振り放して逃げる。しかし恐ろしさに身の毛も立っ

て恐ろしく、わじわじ震えていたのだが、遂に我慢ができなくなって反撃に出た。この、侍の畜生め、お

前はもともと彦九郎殿とは親しい仲、その妻に言い寄るとは第一に人間の道に外れた大罪、またこの噂が

立ったなら家中の人々から嘲られるのはもとより、万一にも殿様のお耳にでも入ったなら、そなたも家も

取り潰されることに気がつかぬか。私は小倉彦九郎の女房である、侍の妻である、無礼な振る舞いをしか

けて断られたとて、私を恨んで下さるな、今日のことは誰にも言うまい、さあ、帰りなさい、と苦々しく

言い放つと、いやいやいや、人の謗(そし)りも身の恥辱も十分に考えた上でのこと、かりに御承引され

ないならば拙者はそなたと此処で刺し違え、上方で流行る心中だと国中に評判を立てさせ一緒に恥を晒そ

うと覚悟を固めて来たのだと、刀を抜いて相手の胸ぐらを取り、どうだこれでも承知なさらぬかと脅迫し

た。女心の浅はかさはそれを真実だと思い込み、犬死という無実の浮名を立てられるのも無念である、此

処はひとつ色仕掛けで騙してやろうと考え、むむ、それは真実でしょうか、と問えば、相手は、ああ、殿

様から御勘当を受け、戦場で名もない歩卒に首を取られることがあってもよい、拙者の言葉に偽りはな

い、と言い切った。お種は、さても嬉しい御心底です、どうして無下になど出来ましょうか、けれども此

処は親の家です、今にでも戻られたならどうにもなりません、明日の夜にでも私どもの自宅にそっと忍ん

でおいでくだされば、打ち解けて思いを晴らすことが可能でしょう、と優しく肩を叩いた。

 無知で無学の床右衛門はこの一言にころりと騙されて、涙ぐみ、忝ない、お情けですからこの上は厚か

ましい言い分ながら、いっそのこと今ここでちょっとちょっとと縋るのを、聞き分けのないことですと言

ってお種は逃げ回る。

 襖の向こう側で源右衛門が鼓を打って声をあげ、「邪淫の悪鬼は身を責めて、邪淫の悪鬼は身を責め

て、剣の山の上に恋しき人は見えたり、嬉しや、とてよじ登れば剣は身を通す、磐石は骨を砕く、こはそ

もいかに恐ろしや、のう恐ろしや恐ろしや、人が聞いたそりゃそりゃ」、と脅されて床右衛門は、今のは

みんな冗談事だ、嘘だ、嘘だと言い捨てて走って表へ逃げるのだった。

 気の毒にもお種は気持が動揺して収まらず、お恥ずかしい事です、京都からの御客人、今もやりとりの

あらましをお聞きなされて、私が騙して言ったとも御知りなされずに心中での蔑みばかりではなくて、御

家中一杯に広く出入りなさる方故に、その人の口からこの事が世間一般にぱっと広まったらどうしましょ

うかしら、胸が激しく動悸を打つのが中々納まらず、心配が募って始末に負えないので、下女を呼び、お

酒の燗をしてから表の戸締りをしてからもう寝なさいよ、と言い、一人で酌をして酒を飲み憂さ辛さを忘

れようとする間も忘れられないのは、江戸にいる夫のことばかりである。涙で一層霞んで見えるおぼろの

夜の闇を照らす月の光が明るくしている縁側に人の足音がする。

 やあ、これは源右衛門様、あなた様は何方へ行かれるのでしょうか、いや、御婦人ばかりの家に長居を

するのは憚られますので罷り帰りまする、と立ち出ようとする客の袖を捉えて、きっとあなた様は最前の

やり取りがお耳に入ったことで御座いましょう。勿体無い、恐ろしい、彦九郎と言う夫を持った身が本当

にあのような事を言うはずもありません、当面の危難を逃れようとしてあのような事を申しました、騙し

て申した事柄とご理解くださいませ、ひとえにお頼み申し上げまする、とお種が手を合わせて泣くのであ

った。

 源右衛門は仕方なく、いや、聞いたでもなく聞かぬでもない、傍にいてあまりに聞きにくかったので謡

を唄い紛らわしました。何といっても軽いようでも重いこと、拙者は他言いたさぬが、諺に錐(きり)は

袋を通すとか、秘密ごとは自然に外に漏れ易いとか言います。他からの噂に関しては拙者の関知いたさぬ

事で御座る。振り切って出ようとするのをお種は縋り付いて止め、そのような酷いことを仰らずにお

情けをおかけくださいな、そちらもお若い殿御、私も若い女です、実意の籠ったお言葉をお聞き致しても

隠した上にも隠して下さるのが世間の情けと言うもの、このままでお帰り願っては私の心が落ち着きませ

ん。決して他言は致さないと言う固めの盃を交わしてからお帰り頂きたい。そう言いながら銚子を取り、

濃茶を立てて飲む大型の茶碗になみなみと酒を注ぎ、相手が一気に飲んでから又注ぎ足しして、半分を自

分が飲んでから相手に差し出した。これは珍しい付差し、特別の思いを込めての行為とお見受け致した。

男は茶碗を押しいただいて一気に飲んだ。

 お種も相当に酔いが回っている。男の手をしっかりと握って、これ、あなた様も夫のある身の女の付

差しを飲まれたからには、罪は同罪です、何事も秘密を漏らしてはいけませんよ、と相手をのっぴきなら

ぬ羽目に追い込んだので、いやはやこれはとんだ迷惑、と男が飛び出そうとするのに抱きついて、ええ、

余りにも恋を知らない所業でありまする、何とじれったい人だ事と両手を回して男の帯を解けばとろける

男心、色と酒とに気も乱れて互いに相手をきつく抱きしめ、抱きしめられて思わずも本当の恋心になっ

た。

 さあ、この上は今のことは口外できぬが承知かと、ああ、ああ、他人事と思っていたのに自分の身に起

きたことである、この秘密を隠さないでどうしようか、と言いながら障子をおし開けてそのままで二人転

た寝して縁側の端から始まった悪運の情けない契の始まりである。

 暫くして、夜も少し更けた時刻にああ、父親の成山忠太夫が下人も連れずに立ち帰って荒々しく表戸を

叩く。お種ははっと耳に聞き、酒の酔いも覚め、目も覚めて、自分の身を見れば帯紐は解け、男と添い寝

した寝床は乱れている。南無三宝、浅ましいことだ、床右衛門めが不義を仕掛けてきたので世間の口止め

をしようとして態(わざ)と冗談に仕掛けただけのこと、確かにその事は覚えているのだが、そのあとの

ことは酒に酔ってしまって夢とも現とも弁えがつかず、酒を止めろと常々妹のお藤が意見してくれていた

のだが、それを無視して自分の夫ではない、それもついぞ見かけなかった男と肌を触れ合って身を穢した

のか、実に浅ましいことであるよ。不義密通は女の身の一生の罪の第一であり、あの世で責め苦を受ける

のは勿論のこと、この世での恥、親兄弟まで名前を捨てる仕儀に至る大事、この身をどうしようか、ああ

悲しい、どうかこれは事実などではなくて夢になってくれないだろうか、お種はその場で咽び泣きに泣い

ているのだ。

 嘆いている気配で源右衛門も目を覚まして起き上がり、こちらもお種同様に酔いが手伝っての不義行為

である、男子たる身の道に背くもの。はっとばかりに互いに目を見合わせて二人共に恥ずかしく、面はゆ

げに涙ぐみ、差うつむいているだけだ。

 外の忠太郎は待ちかねてなおも荒々しく門を叩き続ける。あれ、父(とと)様にこの場を見られては死

なねばならず、どうしたらよいのやら、あちらこちらに這って隠れ、下女が臥している夜着の中に狼狽え

ながら這い込めば、下女は丸裸で、ああ悲しいことだ、私が寝ている懐に盗人が入ってきて雪の様な白い

肌を荒らす事だ、と喚きまわる勢いに行灯を踏み壊してしまい、室内は恋路の闇のごとくにまっ暗がりに

なってしまった。

 外ではしきりに音を立てて、開けろ、開けろ、と叩く音に男もお種も震えながら囁き交わして後ろ手に

袖を引き、自分の身で男を押し隠して掛金を開けて、父様か、お帰りなさいませ、どうぞ中にお入りなさ

いと言う。見れば親ではなくて、床右衛門が顔を隠しながら手を指し伸ばして両人の袂をしっかりとひと

つにまとめて取り、さあ、不義者めら、証拠を抑えたぞ、声を掛けると、南無三宝とばかりに潜り戸をは

たと閉ざしたけれども、相手は手にとった袂を断じて離さずにいる。仕方なく源右衛門は腰にした刀をす

るりと抜き放って二人の袖の下を切り離して、戸を引き開けて一散に我が家を指してぞ逃げ去ったのだ。

床右衛門は袖下を懐にねじ込んでから戸をこじ開けて、内に入り、さりとは御内儀殿、酷い仕打ちではあ

りませんか、人には下紐を許しておきながら我には何ゆえにつれないのでしょうかね、この事を隠してく

れと言うのでしたら、今宵のお情けを私にもお願いいたしたい。暗がりで両手を広げて女を尋ね回るのは

恐ろしいことであるよ。立ち廻っているうちに裸の下女にはったと行き当たった。ああ、これここに居ら

れたか、と抱きとめる。下女の方は暗がりであっても辺の様子はよく知っている。自分の寝床に逃げ帰る

のだが、男は忝ない、有難い、夜着を引き被ってかっぱと床に伏す下女を後ろから乗りかかる。ねじり合

い揉み合う間に、お種様のお迎えにりんが只今参りましたと、提灯を灯してやって来た。火影に透かして

見て床右衛門が相手の女を見れば下女なのである。ええ、もったいない事をしたぞ、忌々しいことだ、せ

っかく美人を想い続け、やっと本望が叶うと思ったらとんだ醜女を手にしてしまったぞ、と悔しがって後

も振り返らずに逃げていく、闇の中。夢に見たお種は現であってもやはり素晴らしい美人であったこと

よ、素晴らしいことであった。





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最終更新日  2024年10月22日 20時36分29秒
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