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中 之 巻
さても見事な御葛籠(つづら)馬や、七つ蒲団に曲碌(きょくろく、一種の椅子)据えて蒲団張りして小 姓衆を乗せて、街道百里を花でやる。 華やかな大名行列の先頭に供道具、素鑓(すやり)片鎌、十文字、唐(から)の頭の紅の、衣(きぬ)は 紅梅、魚(うお)は鯛、今更言うのもくだくだしいが、管鑓(くだやり)で人は武士でなければ身も蓋もな い、奴は今朝の朝酒で天目鞘に禿鞘、振れ振れ振れや白雪の、富士も浅間も後に見る、道も長柄の数鑓 で鞘にかかった木綿(ゆう)付け鳥(鶏)は関より西・関西では隠れがない名を持っているが、その名では ないが、関西では有名な評判を取った望月の駒を引き馬として、しゃんしゃんしゃん、りんりんと心を弾 ませながら乗掛け馬に跨り馬には、殿中の宿直や警戒に当たる役の六番頭と伝令や視察の役割の使番、侍 大将で御主君への執奏に任ずる役、軍陣の際に主君の旗下にあって、その守護に任ずる者の後先には続い て靡く旗竿の節ではないが、良い時が治まり四方の海、波が静かにして天の空、風もないでいるそれでは ないが薙刀が見えているのは医者と儒者とであろう、見物の中の物知りも物を知らない者もおしなべてこ の大名行列に対して舌を巻いて眺めているのだ。 幕を張るのに使う細い柱の幕串、衣類等を収めた箱で外出の際に奴僕が肩にして行く挟箱、それに籐を 何重にも巻いた持ち弓と重籐塗籠弓などの数は、さあどうであろうか数が知れない程に多い。白木の弓や 黒漆塗の弓、毛皮や黒漆で保護した靭に矢篭や矢箱、二重の覆いをした大将用の鎧と鎧櫃、兜立て、江戸 へ向かって出立したのもついこの間と思われたのにもうすでに一年が経過して国元を留守にしているの だ。 何事もなく無事に過ごせた帰りの道中、大名行列には付き物の七つ道具、鑓や薙刀、台笠、立て傘、馬 標(うましるし)、大将の傍に立ててその存在を示す大鳥毛、殿がお召の駒も乗り換え馬も自分たちの故 郷である北風に勇んで嘶く勢いや、行列の最後を締めくくる一対の鑓、国は久しぶりである、おめでたい 事でありまする、嬉しかろう、のそれではないが、家老殿、君が君として立派であれば臣下もまた臣たる べく、新しい樽の酒を祝い酒として飲み、さざんざや、浜松の葉の散り失せず万代までも目出度く寿ぐべ き領主が国元に御帰還である。 家中の上下、親や妻子に一年ぶりの対面で、あちらやこちらの悦び使い、祝儀土産のやり取りが絶え間 ない。中間や小者に至るまでがやがやと喜び騒ぐ賑わしさ。 中でも、小倉彦九郎は数年の勤めの旧功によって東発足の際の抜群の御加増によって、若党や下人を相 当数増やし、一子文六やお種お藤姉妹が喜び合う事は限りもなかった。 主の妹婿で政山三五平という者がいたのだが、主君の乗馬の傍らに従う役割の武士であったが、この者 もこの度帰国して、お種の方に使いを立て、先ず以ておめでたい事には道中何事もなく無事で、御供し終 えたこと、そして御主人と御対面できたことはさぞやご満足で御座いましょう。私も同様であり、さて何 か良い土産の品がないものだろうかと思案したのですが、特にこれといった変わった物もない。これは関 東麻と言って名物の真苧(まお)、物が物だけに憚られぬわけでもないのですが、お留守の間にお種殿は 真苧を御績みなされると道中でのもっぱらな噂、まかり帰って承れば御当地でもその沙汰であって、そう した次第故に進呈いたしますと、使の者が言上し終えないうちに、あれは誰某様からの御進物であり、こ ちらの物は何兵衛様がお種殿にと御土産だと言って、贈られるにつけても女房は心に応え、取沙汰なのだ が、夫の心もさぞ尽きてしまうことであろうと案じて、顔を見るのだが、夫はそれほど気にしている様子 もなく、さあ、自分も荷を解いて相応に土産物を見合わせて贈ろうぞ、等と言っている。やあ、忘れてい たぞ、先ずは舅殿の所に参ろうぞ、それそれ袴をと言えば、あい、と答えて女房はそのまま奥に入った。 すれ違って妹のお藤がするすると走り出て、袖に取り付き、これ彦九郎様、ええ、お前様は情けなくつ れないお人ですね、お江戸まで二回進呈いたした手紙の返事は何故下さらないのですか。私の心はやはり この手紙の文面に詳細に記述致しておりまする、よくよく考えた上で書きましたので嫌が応でも合点して 受け取らなければなりませんよ。と言いながら封をした一通の文を姉婿の懐に押し入れる。彦九郎は苦い 顔をして、やあ、お前さんは気でも違ってしまったのか、もっとも姉を嫁に呼ぶ際に妹のそなたを迎えて はどうかという話があったけれども、縁がなかったからこそ姉との縁組が決まったのだ。それから十何年 という年月を重ね、子まで養っている夫婦である、どれほどにそなたから慕われようとも、お種を去って そなたを迎えようとはこの彦九郎はよう申さないぞ、この様な文は手に取らないと相手に投げつけて表に 出てしまった。 姉のお種は奥でこの様子を見て、つかつかと出て来て文を拾って懐に入れた。お藤はいや、なりませ ん、その手紙は大切な物、人には渡せません、と姉に取り付いたが、はたと蹴倒し棕櫚箒を手にして散々 に妹を打ち据える。あれよあれよ、と言う声を聞いて文六や下女達が駆けつけて、どういう事情かは分か りませんがどうぞ御堪忍をと縋り付いて箒をもぎ取った。すると今度はお種は荷物についていた暴れ馬を 制する鼻捩じを引き抜いて、顔も頭も割れよとばかりに激しく続けうちに打ったのだ。 お藤は声をあげて、ああ痛い、死んでしまいますよ、助けてくださいなと泣き叫ぶ。文六は鼻捩じに取 り付いて、これ、母様、どのようなことがあったのかは存じませぬが、言葉でお叱りなさるのが道理で御 座いましょうに、乱暴な打ち打擲、叔母さまが目でも傷つけなされたならどういたしましょうぞ。苦々し く苦言を呈すると、いやいや、打ち殺してしまっても構わないほどの罪深い女、姉の夫に執心かけて江戸 にまで手紙をやり、その上にたった今またもや聞いたのだよ、これ、この文を拾った。これを見てごらん なさいと封目(ふうじめ)を引き切り、さっと開けた。これでもまだ私の言うことが嘘だと言うのです か、それにしても、これがあって良いことか、姉を離縁して暇をやり、代わりに私が夫婦になろうと、遊 女のように生爪をはがして入れてある文なのだ、これが嘘であるか読んでみなさい、ええ憎らしい腹が立 つとお藤に飛びかかり髻(たぶさ)を掴んでくるくると手に絡ませて膝の下に敷いて、親にも子にも替え られないと大事に考えている幼馴染の私の夫、一年越しでの長い留守、月や星を見上げるようにして待ち 受けて、やっとのことで今朝殿御の顔を見たので嬉しかった、来年まではひとつ寝臥しもしようものをと 喜んでいた矢先におのれめは、姉を去れ、離別しろとはよくも言ってくれたな、この畜生同然の女め、生 かしておくのも腹立たしいとばかりに、目や鼻も区別せずに打叩く。するとお藤は、ねえ姉さん、これに は色々と筋を立てて言うべきことが有るのです、取り支えて下されや人々よ、と息も絶え絶えに叫ぶの で、周囲の者は先ずは言い訳を御聞きをと無理に引き止めると、姉のお種は、さあ、もしも言い訳が立た なかったら今度は命を取ってやる、言い訳があるならば言ってみよとお藤を抱き抱えて立たせて突き飛ば した。それも全くの道理であり、当然のことと思われる。 妹は苦しげに息をつき、乱れた髪を掻き上げ掻撫でして、流れる涙を抑えながら、私の言い訳は姉様と 二人きりで差し向かいで言うべきことです、皆は次の間に下がって下さいと言ったので、皆はその場を離 れたのだ。さあ、人払いなどともったいぶった事を言わなくとも、言い訳があるのなら早く言え、きいて やろうとお種が言えば、お藤は涙をはらはらと流し、これ姉様や、私が彦九郎様に状を渡して姉様を離縁 して下さいとお願いいたしたのは、実は姉孝行のためだったのですよ。あなたの命を助けたいが為でした た、私が言うまでもなくご自身で覚えがあるでしょう、鼓の師匠の源右衛門と情を通じてはおりませぬか か、と言う妹の所に飛び掛り口を抑えて、これ黙りなさい、仮にでも表面は容易そうに見えても重大事で ある、何を見てそのようなことを言うのだ、確たる証拠を出しなさい、と姉が言うと、ああ、証拠を出す までもない事柄です、このお腹には四ヶ月になる子供が宿っているが、一体誰の子なのですか。下女のり んに買わせた堕し薬は誰が飲むのですか、世間の人々は知らないふりをしているようですが、実は家中は この噂で持ちきりです、今も今、方々から真苧(まお)の土産が届いているのも彦九郎様に間男の件をそ れとなく知らせ感づかせようと馴染みの家々から来た品物と私は見ているのです。そなた一人の不心得か ら親兄弟や夫の男の武士までが廃(すた)ってしまったと、声を上げて泣くと、姉は一言の弁解も出来な いで、常々の忠告を聞かなかった事、酒が敵であるとばかりに声を上げて泣くより他のことはできないの だった。 妹はせきあげてくる涙を抑えながら、ねえ、姉さん、その後悔反省がもう半年早くに起こっていれば、 と思うのもこれは妹としての心の中の思いです、もう既に姉の名前は廃ってしまいました。しかし命だけ でも助けて差し上げたいと様々色々と思案した結果で、彦九郎様との夫婦の縁が切れて離縁状さえ取り付 けてしまえば、たとえ大道の真ん中で子供を産ませても構いはしない。不名誉は別として命を取られるお それはないのだから、と浅はかな女子の浅知恵で、姉の男に執心と淫奔者(いたずらもの)に自分を偽っ たのも、姉様への孝行心だけではなくてお果てなされている母様への孝行と思った故です、おいたわし や、母様は御臨終の二日前に私達姉妹二人を枕の右左に置いて、遺言のお言葉を残されました。姉様はよ もや忘れたりはなさっておられまい、お前たち二人は幼少の折りから女子としての道を教え込み、読み書 き縫針糸綿の道も今くらいできれば恥をかかないで済む、第一の女子(おなご)としての嗜みは殿御を夫 に持ってからが大事であるぞ、舅は親であり、小舅は兄や姉である、その人々に孝をなし、外の男とは差 し向かいになったとしても、顔を上げて見たりしてはならない、大体において夫が留守の間は相手が男と あれば召使い、一門他人の別なく、若い年寄りの隔てなく、以上の嗜みが悪ければ、四書五経を暗記して いる女子であっても役には立たないのです。この遺言をそなたたち何よりも大切な教訓の論語だと考えて 忘れてはいけませんよ、その御言葉が骨に沁みて肝に残って忘れることなど出来ずにいます。姉は父親の 血統を継いで幼少時から酒を飲む、藤よ、母に成り代わり異見せよと、そう仰った後は窶れたお顔が身に 付き添って忘れられません。朝夕に位牌に向かうのですがこの最後の御教えをお経と思い、一遍ずつは繰 り返してみるのです、姉様、早くもお忘れか、この世で妹に嘆きをかけ、来世に御座る母様の屍に苦患が かかりますよ、と口説きつつ恨みつつ声を挙げて伏し沈みしながら泣くのだ。 姉は言葉もなく涙に咽び、好みとしていた酒も今にして思えば前世の業の毒の酒、人の本心を晦ます無 明の酒の癖が覚めて自害しようと思ったのだが、夫の顔をもう一度見たいからと思うので、今日と延び明 日と暮れて世間に恥を晒すことです、私の身に悪魔が魅入ったのかと元の身には再び戻らないと愚痴の繰 り返し、姉と妹が抱きあって声を惜しまずに泣き叫ぶのである。実に哀れとも、浅ましいとも世にも始末 に負えない惨状である。 その時に当たって急に門外が騒がしくなった。表で喧嘩でも始まるのかと姉妹がしばし奥に避難しよう と姿を隠した後で、彦九郎の妹のゆらが薙刀を手にして兄の彦九郎を追いかけてきたのであった。 これ、兄様や、妹と申しながら政山三五平と言う侍の妻であるから、義の立たぬことがあれば相手が兄 であっても許しはしませんよ。いかに、如何にと言う。彦九郎は妹をはったと睨んで、やあ小賢しい女郎 (めろう)めが、兄の彦九郎に向かって義が立つの立たぬのとは無礼千万であろう、仔細を申せ、申さな ければ薙刀を持った腕もろともに、捩じ折ってくれようぞ、と大いに怒って言い放つと、ゆらはからから と笑って、やあ、腰抜け武士にしては殊勝な言い分である、事情を言って聞かせてやろう。お前様の御内 儀は鼓の師匠、京都の宮地源右衛門と密通して藩の内では現在この噂で持切りである。それゆえに土産と 称して真苧を送って気づかせようと計画したのだが、武士の面目をそそぐ手段の妻敵打ちもしないで知ら ない振りをしている腰抜けの彦九郎め、その妹とは添っていることは難しいぞ、と夫の米山から離縁され て、兄の腰が立った時にはまた立ち返って来い、元のように夫婦になろうと、私に暇を与えたのですよ。 私は夫婦別れをして来ているのです、これこれ腰抜けの兄御殿、私を無事に夫に添わせて下さるのか、添 わせないのかはそなたの心一つですよと、薙刀を振りかざし、閃かせて相手が怯めばそのまま切り捨てる 勢いである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年10月28日 16時33分17秒
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