カテゴリ:せいなるくらし
昨日、散歩について書いていて、ふとこう思った。
「歩く」ってことには、「なにか」があるなあ、きっと。 古くはゴーダマ・ブッダも、イエス・キリストも、どんだけ!?と思うほど遠距離を長時間あるいていらっしゃる。 お遍路さんしかり、修験者しかり、世界中の巡礼者は、とにかく「歩く」。 (馬に乗って、とか車に乗って、とかは巡礼とは言わないよなあ) 歩いているうちに、「なにか」が起こるのだな。きっと。 いやそんなたいしたことでなくても。 ほんのささいな、とうといことが。 恩田陸という小説家の「夜のピクニック」という小説がある。 高校生たちが、とにかく歩くお話らしい(読んでないけど)。 きっと歩いているさなかに、主人公たちになにかが起こり変化してゆくお話なんだろうなあ、と、書評誌を読んで勝手に想像していた。 さて今日も歩くことにしよう。 お遍路さんは、お参りするお寺そのものではなく、お寺から次のお寺への間(つまり歩くこと)にこそ価値があると、どこかで読んだ記憶がある。 それを私はまじめに信じたいのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.04.30 08:46:48
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