卒業後・・・
千蔵は地元の企業に就職
彼女も音楽短大を卒業しピアノ講師に
ある日・・・
長年付き合った彼と別れたと聞かされる
過ぎるのは
千載一遇のチャンスかと・・・
傷心を労るように自らをアピール
こそくな千蔵・・・
彼だった男性は千蔵の友人・・・
いつしか彼の良いところばかりが口を突いて出る
「結婚します」
教会で祝福の拍手と共に
嬉し涙を流す
子供が生まれたんだよ
満面の笑みで誇らしそうに話す友人
『おめでとう!パパだね』
「子供って可愛いよ」
その可愛さが理解できない千蔵
月日は幾千もの流れを運んでは忘れ去られた
イタリアンでランチを楽しんでいると
賑やかな店内から
耳に懐かしい声が・・・
彼女の声だよね?
ママ友と一緒かな・・・
子供の声と共に女性の声も複数聞こえる
イタリアンのブラインドコーナーを背にして
月日は足早に遡る
誰にも止められないセピア色した砂時計が砂を吸い上げるように
その声に輪郭が鮮明に浮かび上がる
母親となった彼女の顔ではなく
ピアノを弾く彼女の幼い顔が
席を立って声を掛けたい衝動に駆られ・・・
パスタを食べる手を止める
不意に呼び止める声・・・
「千蔵何している?」
何もこんな場面で呼び止められなくても
振り切りたい心を振り切れない
職場に戻る時間をあっという間に迎えてしまった
偶然の悪戯とはいえ・・・
あの日から数年
彼女の声も聞いていない
顔も見ていない
同じ市内に住んでいるのにすれ違わない
「誰もお嫁さんにしてくれなかったら千蔵のお嫁さんになる」
深紅の薔薇も心までは染め抜けなかった