「Ｃａｓｔ ｏｆｆ　～小さな君のその手を抱きしめるために～」

電車に揺られ

幾つもの停車駅を越えたのだろうか・・・

何人もの人が目の前を通り過ぎ

車内に乗り合わせ

そして足早に降りていく

ＡＸＥフレグランスなんて似合わないから・・・

幾つ目の駅だろう

千蔵の両隣に女性が腰を降ろした

甘い香りが鼻腔をくすぐる距離

伏し目がちにつま先の少しだけ前に視線を投げる

左隣に薄い赤に染まったトップスと

綺麗に色を飛ばしたジーンズが似合う女性がかすかに視界に

耳に軽快な音を散りばめている

バッグから取り出したのはスコア

そのスコアが気になり

視線を左に少しだけ落とした

スコアに色を入れながら

小さくリズムを刻む女性

偶然なのだろう・・・

偶然は時として人の記憶を痛めつける

彼女の手にしていたスコアのタイトルに目を奪われた

千蔵の・・・

子供を身籠もった女性の記憶が鮮明に甦る

スコアのタイトルは・・・

無事に生まれていたら今年で何歳だったかな？

身籠もった彼女はレディースバンドのメンバーだった

某テレビ番組とのタイアップで

オープニングに使われた曲名を目にしてしまった

記憶は旅をする

儚い夢に散った記憶

大切な想い出

忘れていた記憶が時を越える

苦い想い出

痛い想い出

乗り越えたはず記憶

彼女の目に溢れた涙を思い出した

新しい生命の芽生えに歓喜した夜が

いつしかどん底の新しい朝を迎えた

『ごめんね』

君のパパになれなくて・・・