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テーマ:今日の出来事(292783)
カテゴリ:最近の出来事
まったく知らない人ではなかったが
ある団体のメンバーだった方が長い闘病生活の末に亡くなられ、今日が葬儀であった。今どきの葬儀は本当に寂しい。 コロナウィルス感染の懸念のため、弔問に来てもすぐ帰る人もいるし、亡くなった人の息子や兄弟でも、首都圏に住んでいたらまず参列するのは難しい。今年1月に兄が亡くなったが、東京に住んでいる長男は葬儀に来なかった。 参列者が、東京から息子が帰ってきていると知ったら不安に思うだろうということで、こちらから参列しないように伝えていたのだ。コロナのために親の死に目にも会えないというわけだ。長男は初盆には帰省するということだ。 今日の葬儀も参列者こそ100名程はいたと思うが、記帳だけして帰宅した人もいただろう。そのなかで、自分は団体の役員の端くれとして弔辞を書いて読んだ。考えてみれば、これは人生初の体験だったような気がする。 何でもやってみることだ。基本的には会員は職歴や退職後の役職などについての記録を事務局に残している。それをもとに、故人の人生を振り返る形の弔辞となる。今日送られた故人は全く知らない人でもなかったので、一つだけ自分とのかかわりをエピソードとして織り込んだ。 書き出しの決まり文句はおおよそこんなところだろう。 本日ここに、○○○○〇会員、故□□□□様のご霊前に立ち、△千△百名の会員を代表して、謹んでお別れの言葉を捧げたいと思います。 その後は職歴を書き綴る。歯が浮くような誉め言葉は嫌味に聞こえる。だから、本人が書いている事象を淡々と述べる方が良いと思う。 そして、締めの言葉はこうなるだろう。 ここ数年は体調を崩されていたと聞いていました。私共○○○○会の会員としても、今一度□□□□様のお元気なお姿にお会いしたいと、心に念じていましたが、こうして永遠のお別れになるとは残念でなりません。□□□□様、今まで大変お疲れ様でした。そして有難うございました。どうか安らかにお眠りください。 生前葬とか本人が個性的なアイディアをもっていると別だが、通常は葬儀は紋切り型になってしまう。ただこの二年間、「コロナ禍」という特別の事情が、葬儀の短縮化や簡素化につながっている傾向はある。 確かに様式の美とか安心感ということも大切である。しかし、もっと葬儀もユニークで人柄があらわれたものであってもいい。コロナ過とは関係なく、今後はもっと葬儀の多様化が進むものと思われる。 今日自分が書いて読んだ紋切り型の弔辞も、もっと変わっていいと思う。例えば故人に最期の時間の余裕があるなら、故人本人のお別れの言葉を映像と音声で流すことも今後は行われるようになるだろう。 それを希望するなら、「特定の人にだけ公開」という設定でYou Tube にアップしておくという手もある。なかなかいい考えだと思うがどうだろう。 ↓ランキングに参加しています。良かったらクリックをお願いします。 写真日記ランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021/07/17 10:24:20 PM
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