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テーマ:草の根国際交流(89)
カテゴリ:武寧王をめぐる日韓交流
五大王追慕祭と大百済展開会式
この日は朝一番に武寧王像を見に行った。4年ぶりに訪韓した我々にとっては初めての対面である。武寧王陵発掘50周年(2021年)と、武寧王没後1500年を記念して建立された。宋山里古墳公園の前の道路からよく見える場所に堂々と立っていた。 「武寧王像」 (ホテルからバスでほんの10分ほど走ると、武寧王像が見えてきた) 武寧王陵の石室を見学した。1971年、宋山里古墳群で偶然発見された未盗掘古墳だ。石室は、中国南朝の梁から伝わった煉瓦(塼(せん))でアーチ状に組まれ、その中に安置されていた棺は、当時日本にしか産しなかった高野槇で作られていた。武寧王は、中国南朝と日本(倭)を後ろ盾に、新羅や高句麗と対峙していたのだ。 武寧王陵の前で、百済の都がこの地にあったときの五人の王の追慕祭が開かれた。今年は4年ぶりに訪れたが、祭壇や周辺の敷地が整然と整備されていた。また、式典の様式も3年前と違っていて、より格式高く構成されていた。 「民族楽器の伴奏で奉納される舞」 (7回目ぐらいの訪問だが、追慕祭の日は毎年好天に恵まれる) 日本からの訪問団の席は毎年最前列に設けてあり、式典の最後には全員が、韓国側の代表者とともに祭壇の前で献花をさせてもらった。このような丁重な配慮をしていただくことは本当にありがたいことだ。 昼食の後は、国立公州博物館に行った。毎回この博物館には行くのだが、今年は武寧王没後1500年の特別展が開催されていた。展示も工夫されていて見る価値が高いものが多かった。韓国国内から訪れた観光客も多かったようだ。 その後場所を移し、日本政府から日本と公州、双方の武寧王ネットワークに対する感謝状の贈呈式が行われた。感謝状贈呈は、我々の活動が日韓友好に寄与しているとして、2年前に決定していたことだった、しかし、コロナウィルスの感染拡大によって相互訪問ができなかっため、今年やっと贈呈式を行うことができた。 「外務大臣表彰状の伝達」 (日韓の武寧王ネットワーク会長へ、駐韓日本大使から授与された) 陽が落ち始めて、大百済典の開会式場に入った。公州と扶余(公州の次の百済の都)で開閉会式が交互に行われる。今年は公州が開会式、扶余が閉会式の会場だった。どちらも、市街地の中心を流れる錦江の河川敷を会場として行われる。 この開会式でも公州武寧王ネットワークの人々の努力で我々には前方の席が用意されていた。今年は韓国演歌の歌い手を中心にステージが構成されていた。演歌といっても日本の昭和の歌謡曲調で、演歌嫌いの自分も違和感はなかった。 前半が終わった20時半ごろ、突然尹大統領が臨場した。開場近くまでヘリコプターで来て、そのあと大型のリムジンに乗って来てステージに登壇した。 「大統領の演説」 (民間交流は政治とは無関係だが、親日政策の尹大統領には期待したい) 地方のイベント会場に大統領が来ることは珍しい。話の内容はわからなかったが、後で通訳の人に訊くと、尹大統領の父が公州の出身で、墓も公州にあるという。だからか、話に熱が入っていたようだ。韓国は与野党の政治的対立が厳しいが、大統領の臨場は名誉でもあるようで、会場は整然と演説に聞き入っていた。 「一番人気の男性4人組の熱唱」 (会場が混雑しないうちにと、盛り上がった会場を後にした) 2日目は行事が多くて歩いての移動も若干多かった。高齢者が多い我々の一行には疲れ気味の人も多かったろう。まだイベントは続いていたが、22時過ぎに会場を出た。明日以降の日程を考えると、あまり無理をすることはできない。 ↓ランキングに参加しています。良かったら下をクリックして下さい。 写真日記ランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023/10/12 09:37:50 PM
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