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カテゴリ:月下の恋
月が満ちるように、僕の心も満たされていく…。
彼女と出会って僕の生活は一転した。今まで、 生きるために死に、死ぬために生きる単調な 毎日でしかなかったが、僕の伸ばした手を 掴んでくれた彼女は僕に新しい価値観という 足場を作り助け出してくれた。いや、彼女も また同じように僕に手を伸ばしてきていた。 そうしてお互いが手を握り合うことによって、 がらんどうだった心の隙間を埋めつくしていく ことで世界の景色は一変した。何てこの世界は 素晴らしいんだろう。今まで知らなかった新たな 発見に一喜一憂しながら、感動し涙することで 彼女と同じ時を過ごした。彼女は僕に今まで 見失っていた月へと至る階段を示してくれた。 彼女がそばにいるだけで天へと上る気分だった。 僕は彼女と毎晩のように会った。夜の公園の 入り口、あの一際大きな桜の樹の下で、彼女は 仕事から帰る僕を待っていてくれた。樹に寄り かかりながら僕らは数え切れないくらいいろいろ な話をした。僕はもっと彼女といたいと強く願い、 いつか一緒にどこかへ行きたいと誘うと、彼女は やんわりと断った。彼女にはハンデがあった。 生まれつき日の光に肌がさらされると、火傷の ように腫れあがってしまうらしい。そう言われて 彼女の肌を見てみると、透き通るような白い肌は、 曇りなき夜空のように美しかった。彼女は日中は 外に出れないため、夜になると月光浴をしながら 外の空気を楽しむしかなかった。太陽を見たこと がないという彼女に僕は青空の美しさを語り、 彼女はお返しに夜空の美しさを僕に語ったりする ことで、二人の距離は次第に縮まっていった。 そんな彼女との満たされた関係が続く一方で、不安 がないわけではなかった。家路へと急ぐ電車の中で いつも思うことがある。果たしてこれは現実のこと なのかと。夜にしか会えない彼女、日中は自宅で 休んでいるということだが、家はどこか教えてくれ なかった。自分のハンデを僕に見られたくないと いう理由らしい。人には誰しも知られたくないこと があり、僕も彼女に知られたくない部分もあるから 深くは追求しなかったが、彼女と同じ時間を過ごす ほどにもっと彼女の全てを知りたいと思えてくる。 しかし、僕と彼女の関係には確たるものは何もなく、 ただ夜の逢瀬をともに過ごすだけだ。彼女はもしか すると僕がこうあってほしいという願いから作られた 幻なのかもしれない。 「君やこし我やゆきけむおもほえず 夢かうつつか寝てか覚めてか」 あなたが来てくれたのか、私が行ったのか今となって はもうわからないのです、これが夢のことなのか現実 のことなのか、寝ているのか起きているのか、という 句が頭を過ぎってしまう。そんな焦燥にも似た気分 を抱えながらも、彼女の姿を見ると心躍ってしまい、 確かめることの出来ない自分が悲しいが、彼女ととも にいるこの時間は紛れもない真実のものだと信じたい。 夜空に浮かぶ大きな月は手を伸ばせば届きそうな気が する。もちろん、気がするだけであって届かないのは 知っているし、手を伸ばしていたのは子供の頃までだ。 だが僕は、目の前に現れた地上に舞い降りた月を手放し たくない。月へと至る階段は彼女が示してくれたのだ。 今夜、僕は一大決心をして彼女に会いに行こうと思う。 月をこの手で、掴むために。 彼女とともに、歩むために…。 「月下の恋」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.08.03 15:46:27
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