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カテゴリ:月下の恋
桜はどうしてあんなにも美しく咲くのだろう、
きっかけはそんな憧憬にも似た興味からでした…。 まだわたしが小さかった頃、いたずらなんか すると今は亡くなったおばあちゃんに押入れに 閉じ込められたっけ。自分勝手に悪さをする子 にはミツキ様がやって来て火をつけられる ぞって。わたしはおてんばだったから、何かに つけおばあちゃんには押入れに閉じこめられて いたけど、あのときのおばあちゃんの姿は わたしを怒るのではなく、何かから隠してくれて いたような。押入れに閉じ込められて怖くて 心細くて泣き出したわたしを押入れの外から あやすように優しく声をかけながらも、何か ぶつぶつ言いながら守っていてくれたような気が する。やがて物心がついて、わたしもそんなに やんちゃなことはしなくなったので押入れに 閉じ込められることはなくなったけど、あの ミツキ様におびえていたおばあちゃんの姿だけは 成人した今でも印象に残っている。 おばあちゃんは、わたしがまだ中学のときに病気で 亡くなったけど、とても信心深い人でいろいろな ことを教えてくれたっけ。わたしの家はずっと この地元で暮らしているから今では面影や名残り もなくなったような風景や出来事も、おばあちゃん はまるで見てきたかのように話してくれたの。 おばあちゃんもずっとこの土地で暮らしてきた から子供の頃の話や、戦争のときの話などいろいろ と聞かせてくれたわ。おばあちゃんの知恵袋とでも いうべき生活の知恵から昔からの慣習や言い伝え などいろいろなことを教えてくれたけど、ひとつだけ いつまで経っても教えてくれることがなかった。 それがあの、わたしが子供の頃に悪さしたときに 言ってたミツキ様のこと。おばあちゃんはいろんな 話を教えてくれたけど、ミツキ様のことだけはわたし がいくら聞いても教えてくれなかったのが今でも 不思議なくらい。学校に入学していろいろと本や 昔話を読んでもどこにもミツキ様のことは書いて なかったの。だからこそ、逆にこんなにもミツキ 様のことが気になって調べたくなったのかもしれない わね。 そう、今ではわたしも大学生になり、民俗学を専攻 している。両親には文学部なんて就職の潰しが利か ないからと言って大反対されたけど、こればっかりは 何を言われようと折れることは出来なかった。あの おばあちゃんが言ってたミツキ様、それを知りたいと いう思いが昂じていろいろな本を読み漁った結果、 どんどんと民俗学の世界にのめり込んでいき、ミツキ 様の謎を解き明かすことがわたしに課せられたいわば 使命みたいな気がしたの。両親にはひどく落胆された けど、最終的にはわたしの熱意を尊重して納得して くれたので今の大学に入学できたけど、人生の先輩が いうように趣味は趣味として大切にするほうが良かった のかもしれなかったわ。入学した当初は、民俗学一筋 の研究が出来ると思ったけど、毎日毎日基礎科目とか 言って雑多な授業やどう考えても必要のない授業とかも 選択させられたりして、何をやっているのかわからない 毎日で一度は民俗学への情熱も消えかけたけど、それも この2年我慢したため、晴れて専門科目としての民俗学 を履修することが出来たので、ようやくわたしが子供の 頃から知りたいと思っていたことを心ゆくまで調べる ことができるようになったわ。とうとうこのときが来た って感じ。ゼミの先生は民間伝承にまつわる権威の 先生で、わたしも入学したときにその先生の授業を受け これだと思ったので、迷わずそのゼミを選ぶと初めての ゼミの授業のときに先生が、この2年間で自分の興味の ある民間伝承について調べてそれを卒論にして下さいと、 言ってくれたのでわたしの選択は間違いじゃないと 思ったの。で、こうして晴れてミツキ様について思う 存分調べることが出来るようになったんだけど…、 全然ミツキ様について手がかりがないのが考えもの なのよね。 今まで散々探していたのに見つからなかったものが、 いざ調べようとしたときにほいっと見つかるなんて そんな上手い話はあるわけもなく、手がかりも掴めず 途方に暮れていたんだけど初心に帰ろうと今は亡く なったおばあちゃんの遺品の整理をしているわけ。 あれだけおばあちゃんが恐れていたミツキ様だから、 きっとおばあちゃんはミツキ様のことをもちろん知って いるだろうし、何か手がかりを残しているんじゃない かって。両親に聞いてもミツキ様のことは知らないって いうから、その恐れようというのはよっぽどのことだと 思うし。信心深かったおばあちゃんのことだから、前に 遺品を整理したときには気付かなかった何かが今なら わかりそうな気がする。そんな一縷の望みをかけて 家の押入れや物置きを整理したけど何も見つからず、 半ば諦めかけているときおばあちゃんの日記を見つけ たの。前に整理したときはプライベートなものだからと 思って内容までは読まなかったけど、今回は何が何でも 手がかりを見つけようと新しい日記から読み進めていく と、何だか昔のようにおばあちゃんの話を聞いてる ような懐かしい気持ちになってきたわ。両親のことや、 わたしのこと、そしてその日にあったことなどが いろいろと書かれ、おばあちゃんの心が記されていて いて涙があふれてきそうになったそのとき、わたしが ミツキ様についておばあちゃんに尋ねた日の記述が。 思わず何かあるかなと興奮して日記を読み進めたんだけど 肝心なことは何も書いてなく、ただ歌が一句書かれて いたの。 「人待つ夜白き玉の緒になれど はかなき涙思い叶わで」 「月下の恋」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.08.04 15:45:55
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