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テーマ:八重の桜(393)
カテゴリ:テレビの話
僕はこれまで松平容保が京都守護職の任に就いていたのは、
そうなるべくしてなったものとばかり思ってました。 会津藩といえば徳川宗家を守護し奉る根っからの佐幕派で あり、不逞浪士の巣窟となり混迷を極めた京へ将軍が上洛 するために治安を維持すべく進んでその職に就いたものと。 これまでいろいろな歴史の本やドラマを見てきて、会津公 が京都守護職になるというのはある意味自然の摂理みたい な決まっていることのように紹介されていたのでそうと ばかり思っていましたが、今回の話を見てこのようなやり 取りがあったというのはまさに目からウロコな思いでした。 この時代、藩主が聡明でも力ある藩士の意見で藩の行く末 が変わるものでしたから、これまでの本作で語られてきた 聡明な容保が守護職を受けるというのは違和感あったので、 それなら会津戦争ではバリバリ佐幕なイメージが強い藩士 たちが受けるように画策したかと思いきや。 鬼官こと佐川官兵衛は別にして、会津藩の危機として守護 職の辞退を誰もが訴えていたのには、かなり意外なものが あり、やはり歴史というものは勝者側の一方から描かれる ため他方の人間性を考慮することなく都合よく一面から しかスポットを当てないので、結末は一緒でもこうして そこに行きつくまでの真実がこうも違っていたというのは 恐ろしいことだと感じました。 会津を滅ぼすことになるとはわかっていて、涙を浮かべ ながら藩士を説得する容保の姿は痛々しく、お家大事な 封建社会の中でご家訓と養子である出自をちらつかされて 受けざるをえなかったその苦悩は、言葉になんてとても 現せないくらい計り知れない痛みがあったと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.02.17 18:34:30
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