小説「めっちゃピンぼけ」の映像化、文芸社も前向き表明!
10日の午前2時、少し前です。 書ける時に書かないと、時間がうまく 取れないので今、書きます。 昨日の予告どおりで、結局、日記は三部構成 になります。今日の出来事を書く、今読んでもらって いるあたりに書かれていること。 それに、8月8日から26日までの特別な日記 (出来る限り小説として読んでもいけるように意識します) そして、写真付録、って感じで。 で、今日(9日)なのですが、文芸社の映像担当 の方から昼過ぎに電話、頂きました。この前から ここで募集していた映像化の案とかまとめたもの (というか、その逆だったかも)を出していたのの アンサーの形で。 「読んだ時から、これは映像化出来る作品だ、と思って ました」という返答で。「編集プロダクションの方 で興味を持たれる可能性のある人に、弊社のほうでも 当たってみます」ということで、私のこのブログぐらい しかない細々とした映像関係の方との糸と合わせて、 話を進めていくということでした。 まあ、具体的なものは何もないのですが、「映画なんて 考えられない」というのと、全く逆の答えでしたから。 「ブログとかで、どういう方に監督や脚本、演技をやって もらいたいか、盛り上げていただければ助かります」と言って もらいましたので、もう大手を振って映画化準備中、とは 書けます。誰か「めっちゃピンぼけ」、映画にしてみませんか? きっと当たると思うんだけどなあ、この時代だし。 で、日記に移りましね。 2005年8月9日(火)=10日の早朝に記述= (7時半起床、仕事はオリックス-楽天戦のプロ野球取材。 吉井君に偶然会うが、向こうが気づかず。こちらも追いかけず。 次の機会やね。) あらゆるものは通り過ぎる。誰もそれを捉えることは できない。僕らはそんな風にして生きてる。んだそうな。 誰もそれを捉えることはできない。 僕は、ある男のことを思い出す。 この男と僕は3度、仕事場以外のところで 偶然、顔を合わせている。念のために言うけど、 仕事場では両手両足どころか、ある時は カレンダーに出ているその月の日付け全部、 顔を合わせた、というぐらい頻繁に顔を 合わせていた。 あくまで顔を合わせるだけで、仕事場で言葉 は交わしたとはない。 最初は1988年の6月に、青森へ向かう飛行機で 隣り合わせとなった。 多分、初めて話した時だ。 大阪空港から1時間半を超えた時間。 前の座席の背もたれ裏に張り付いている 網の中にある航空会社のあまり面白いとは 言えない機内雑誌を見る代わりに、次の日に 二人とも取材することになっていた 青森球場でのヤクルトと広島の試合の 話題をお互いに延々と続けた。 北別府学やボブ・ギブソンの話題をし、 それから高橋慶彦やボブ・ホナーに関する やっかいだったことを話し、最後に 青函トンネルをくぐれるのはこの時期の 出張冥利に尽きる、と二人で大笑いした。 僕よりおそらく一回り上だったこの男は、 当時すでに40歳を超えるかどうかだったに 違いない。一人で機内雑誌を読む 詰まらなさから開放してくれた上に、二人とも 本当に機内でよく笑った。ずっと笑っていた 記憶が僕にはある。 185センチはある長身で、口ひげに、毛糸の帽子 を欠かさない男だった。プロ野球関係者には名物記 者として、たとえば阪神の監督が知り合いに紹介す るような場面に僕は居合わせたこともある。 要は記者の中でも容姿で目立つ男だった。 次にこの男と仕事場以外であったのは、1994年 の春。新大阪のワシントンホテルの出口で、だった。 すらりと伸びた、としか表現出来ない脚を持つ、 実際の年齢より上に見えているに違いない、目鼻立ち の整った綺麗な女性と一緒にいた。 いや、一緒にいた、というのは正確な表現ではない。 一緒にホテルから出てきた。が正しい。 ラブホテルではない。しかし、朝の8時前に 寄り添うようにして、明らかに20歳ほど年齢 の違う男女が出て来たのは確かだった。 連れ合いの女性と一緒に、ホテルのカフェから 二人の姿を見かけた僕は、声を掛ける勇気が 消えうせていた。というか、見てはならないもの を見た気がした。あの時の、女性の表情は、幸せ、 っていうのを顔に描くとこうなるというぐらい やわらかく、魅力的なものだったのを記憶している。 最後に仕事場以外で、この男に合ったのはホテル での一件から半年ぐらい経った時だった。 場所は大阪の三越デパート。ジョニー・デップ主演 の「アリゾナ・ドリーム」を飽きもせず3度目の鑑 賞のために、三越劇場に行こうとデパートの中を 走りかけた時。ちょうど、この男が目の前に立って いた。 偶然に驚いて、しどろもどろの挨拶をする僕に、男 は落ち着き払った様子で会釈だけした。そして、何事 もなかったかのようにすれ違ってデパートの外に出て 行った。表情は全く変らなかったのを僕は鮮明に覚え ている。 3度、仕事場以外で偶然に出会った男と僕はその後、 仕事場以外で出会うことはなかった。そして、やがて 仕事場でも彼と顔を合わせることはなくなった。 彼のことを、偶然耳にしたことがある。 2003年秋のことだ。広島球場の記者席で、広島 対阪神の試合を観戦取材していた時、近くの席で 男の話題が囁かれていたのだ。 「あいつ、どうした?会社移ったらしいけど…」 「さあ。そういえば見かけないですね」 「見ないですよね」 60を裕に超える元プロ野球選手の解説者の問いかけに、 僕より十歳ぐらいは若そうな二人の記者は見るからに めんどくさそうに答えてこの話題は終わっていた。 それからでも約2年近い月日が流れ、僕は最初に 男に会った時に住んでいた広島から東京、神戸を 経由して再度広島に住んだあげく、今は神戸にいる。 僕も、あの男と同じく最初に会った時に 勤めていた会社では今、働いてはいない。 (物語はフィクション。想像は勝手ですが、実在する誰、出来事 ともなんら関係ありません。僕も含めですから、勘違いなされ ないように)bb (下)男と最後に会った三越劇場で上映されていた 「アリゾナ・ドリーム」(エミール・クストリッツア監督)。 93年の秋、東京で行われた「東京国際映画祭」で偶然見て びっくり。夢、について嫌でも考えさせられたし、音楽も 素晴らしくて。もし、聴ける機会、映画を見れる機会があれば 超お薦めです。デップはともかく、女優フェイ・ダナウェイ にとってはロウソクの最後の煌めきだったんだな、と今は 思ってます、ってまだ生きてはるのに。この映画のことを 思い出させてくれた、「ティティの生活絵本」の若泉さな絵 さんに改めて感謝!写真はレーザーディスク、CD、前売り券。