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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.05.07
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​​​ジアード・クルスーム「セメントの記憶」十三第七藝術劇場
​​ 
​​​​連休の人出に恐れをなして、見たい映画をすべてパスして引きこもっていた十連休の最終日です。
​もう、そろそろ大丈夫やろ?まあ、この映画は出かけてみようかな。​
​ やってきたのは十三​第七芸術劇場​、映画はジアード・クルス―ムという監督の「セメントの記憶」です。
 案の定と言うべきでしょうか、まあ、映画が映画という面もあるかもしれませんね。観客は十名足らず。ひとつ前の映画が「主戦場」で、話題の映画ということもあって、結構の数の人が劇場から出てきたのですが、こっちはのんびり、ゆっくり、​座席も大きいし、お茶とソーセージ・トーストで一息つきました。 ​​​​
 ​石切り場のような、切り立った石の山がかなり高いアングルで映し出されて、カメラがゆっくり動いていきます。

「さあ、始まったなあ。この岩山なんやねんやろ?」
​​ 穴の底のようなところから高層ビルの工事現場が上むきに映し出され、下に戻されると工事用のエレベーターに乗り込む労働者が穴倉から出てきて並んでいます。エレベーターがゆっくり上昇し、カメラの視線も上昇して風景が変わります。
 チラシにある現場のてっぺんで空を見ているシーンはすぐに映し出されて、ベイルートの街や、道を行く自動車の動きははるか下方に、「米粒」のように見えます。
 空と海はスクリーンいっぱいに広がって、完璧に青いのです。​
​​「この高さ、この距離。この隔絶感。ふー」​​
​​ こういう映像に「迫力」などという言葉は、なんだかやはり違うと思うのですが、催眠術のように、朦朧とした世界へ誘う力があります。あまりにも、遠く、青いのです。
​「眠い!アカン!眠い!」
​​ ​​​ 久しぶりの映画だから、というわけではないのです。目の前には、文字通り「目の覚めるような青空」の光景が映し出されているのですが、とりあえずぼくはとても眠いのですのです。
​​うつら、うつら・・・​​​
突如の爆発音、立て続けに起こる大音響が響きわたりました。悲鳴。叫び声が飛び交っています。
​​ナッ、なんなんや。空爆かよ。どこやここは。わーえらいことになってるやん。ベイルートって戦争中?えー、ちがうやろ。シリア?
 ​​間抜けな驚きで目覚めると、壁が崩れ落ちて生き埋めになっている人もいるようです。爆撃された建物の中でしょうか?戦車も出てきます。砲撃するきます瞬間のシーンもあります。
​​​​ここはどこ?これは現実なんか?​​
​​ 再び工事現場の穴の底です。働く人々の食事が映し出されています。
​​最初に封を切った缶詰のイワシはどこに置いたんや?アカン、関連がようわからん。​​
​​ コンクリートの床に段ボールを敷いて毛布をかぶって寝ている男がいます。テレビがズット映っています。どの男なのか、目は開いていて、その目にカメラの焦点が合わせられているようです。誰もしゃべりません。灯が消されます。
​​​朝か?​​
​​ 今日もエレベーターが上昇し、摩天楼の世界が映し出されていきます。仕事の現場が映っています。
​​何日目や?眠い!​​
​​ 水の中にカメラは深く潜っていて、魚の影が見えます。沈んだ戦車もあります。上に向けたカメラがとらえるのは小さな気泡と光っている水面です。カメラは水底を漂っているかのように、偶然目の間に浮かび出るものを映し出します。
 最初のシーンから何日目になるのでしょう、工事はつづいています。作晩も爆撃があったのでしょうか。夜のうちに雨が降ったようです。床に水たまりができていて、その水たまりに建物が映っています。
 初めの方では、人の眸に世界が映っているシーンもありました。カメラはいつも何かに何かが映っている映像をとらえようと、じっと辛抱しているようです。人が歩いてきます。その姿が水に映って、さかさまの姿になります。
狙いは鏡に映る像か?ここは前後も上下も左右もみんな逆か?あの水は、水中映像は何なんや。あかん、眠い。アカン、映像のつながりがわからん。
​ 高層ビルの現場で働いている男たちが、夜になると地下のコンクリートの床に直接横たわり、毛布にくるまって眠ります。夢を見ます。爆撃機の爆音や生き埋め、悲鳴や、怒号が夢の中で響き渡ります。その夢を補足するように水没した戦車が映し出されて行きます。
 ようやく、観ているぼくにちょっとした納得がやってきました。男たちが戦火を逃れてそこにやってくるまでの世界と、生きていくために働いている世界があるのです。
 毎日エレベーターで昇ったり下ったりしながら、記憶と夢と現実を行き来している男たちの記憶に、その眸の奥にカメラを向けることで、近づこうとしています。意識と現実の「あわい」を、なんとか映し出そうとしてきたのです。 
 男たちは
牢獄のような地下室で、囚人のような食事をとり、毎晩、夢を見ています。爆撃で生き埋めになったときの、ざらついたセメントの味が残ったままの口を拭いながら、毎朝、目覚めるのです。机にうつぶせになったまま眠ってしまった母親の夢をエレベーターは地上数十階を超える高層ビルの現場のてっぺんまで運んでゆくのです。

​ 男は蒼空と青い海とのど真ん中の足場の板一枚の上に立って、遠くを見ています。カメラは男の眼差しををたどるように、摩天楼が林立し、金持ちたちが繁栄を謳歌する風景が、岩山と海と空の裂け目のように、向こうまで連なっている風景を映し出します。​
 口いっぱいにひろがるセメントの味と母親のことを思い出しているのでしょうか?戦いに出て帰ってこなかった父親は、あの水底に沈んでいるのでしょうか。
 明るい絶景の中に立っている男の真っ白い闇がぼくの中に浮かんできます。空虚?いくら考えても彼の内側に具体的な今日の生活の喜びのような色も形も浮かんできません。哀しく空虚な乾いた風が吹いてくるだけです。
​​​息を詰まらせるように凝視しているシーンが暗くなりました。映画は終わりました。ぼくは何とも言えない「辛さ」のようなものを噛みしめて席を立ちました。​
 六階から地上に降りると小雨が降っていました。​​

 ​​​​ 阪急十三駅前で今日のお土産「柏餅」を買いました。ぼくは、五月には「柏餅」を買って喜ぶ世界にいることを、不思議なことなのかもしれないと思いました。​​​​
監督 ジアード・クルスームZiad Kalthoum
製作 アンツガー・フレーリッヒ   エバ・ケンメ  
トビアス・N・シーバー
脚本 ジアード・クルスーム  アンツガー・フレーリッヒ  タラール・クーリ
撮影 タラール・クーリ
編集 アレックス・バクリ  フランク・ブラウムンド
音楽 セバスチャン・テッチ​​
原題「Taste of Cement」 2017
 
レバノン・ドイツ・シリア・カタール・アラブ首長国連邦合作 88

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最終更新日  2023.12.31 10:03:48
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