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カテゴリ:映画 イタリアの監督
アンドレア・パラオロ「ともしび」
老婆というわけではないが、老女であることは間違いないシャーロット・ランプリングを見た。最近の「さざなみ」とか「まぼろし」といった話題作は見たことはないが、ルキノ・ビスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」とかリリアーナ・カヴァーニという女流の監督の「愛の嵐」といった70年代に作られた映画の女優として覚えていた。もちろん話は覚えていない。 ヌードのポスターが衝撃的だった「愛の嵐」はボカシだらけのポルノまがい映画だったが、ポスターの女性はこの人だったと思う。全裸の女の人がサスペンダーで吊ったズボンをはき、ナチスの軍帽をかぶっている姿は、当時、大学生だったぼくには、倒錯したエロスの典型のようだった。 あの頃の話を続けて申し訳ないが、大島渚が「愛のコリーダ」とか「愛の亡霊」とか、当時の流行語でいうところの、「ハード・コア映画」を撮っって評判になったのだけれど、こっちが先だったことと、こっちの方が倒錯的なしびれるようなエロスがすごかったことはよく覚えている。 で、目の前の『ともしび』の話。 奇妙な叫び声が、やがて、意味を持ったセリフへ変わっていく。数人の登場人物たちが、順番に同じセリフをしゃべる。何かのワークショップの会場らしい。若い人の中に混じって老女が、何か言っている。別れ話らしい。 そんなシーンで始まったが、ストーリーとして明確な展開はない。老いた夫婦の夕食があって、電球が切れる。夫が、黙って交換する作業をする。次の日、夫は何かの施設に入る。もう帰ってこないことを妻が飼い犬に語り掛ける。犬は夫を待っている。 やがて、唾棄すべき犯罪は摘発され収監された夫と、取り残された妻という家庭の事情がおぼろげながらわかり始める。 何が起こっているのか知りたい観客であるぼくは、直接の映像のみならず、寝室やトイレの鏡、ガラス窓、地下鉄のドアのガラス、何かが映し出される予感に引きずられて、映像から目が離せない。カメラはカメラで、執拗に、しかしなにげなく影を映し続ける。 何も謎を解くヒントは映ってはいない。 何が起こったのか、やはり、確としてわかるわけではない。ワークショップのセリフや地下鉄の同乗者の痴話げんかが暗示的に響くだけだ。 にもかかわらず、一人、アパートに取り残されて暮らし始めたアンナ(シャーロット・ランプリング)の、執拗に映し出される老いた肉体を見つめながら、その皮膚の「内側」に生まれつつある「何か」と、見ているぼくの気持ちがシンクロし始めるのを感じ始める。生きていることのけだるさ。なんとなく、もういいとでもいう、ニヒルな何か? アンナにはなつかない夫の愛犬、懐かない犬に対するあきらめ。夫との面会でかすかに浮かぶうす笑いにあらわれた軽蔑。サッカーをする孫の姿をこっそりと覗き見る愛と哀しみ。電車の中で、一人で踊るダンサーをじっと見つめる目に宿る憧れ。死んだクジラを呆然と眺める絶望。 実際にあるのは表情だけ。意志や感情は読み取りたがっている、観客のぼくの勝手な創作だ。ぼくはそんなふうに映画を見ている。 踊り場で、繰り返し視野を遮られるを階段を、下に向かって、どんどん下りてゆく。決してエスカレーターを使おうとしない。 突如、目の前にプラットホームが現れ、やってきた地下鉄に乗り込む。開いているドアに向き直った彼女をカメラが、初めて、正面からとらえる。 暗転 「えっ?」 「とうとう何が起こったか、説明はなかったなあ。どうぞ、勝手に見てくださいというわけか。」 「しかし、映画らしいといえば映画らしいよな。」 今日の三宮の街の夕暮れは、寒い。歩いていると、ふと浮かんできた。 「そうか、アンナは決意したんや。」 1990年ころ。神戸の地震の後だったか?家が建ってた跡地が更地になっているところを、女性がさまよう芝居を見たことがあった。確か、岸田今日子さんだったと思うが、ほとんど何もしゃべらなかったという記憶しかないが、その芝居のことを思い出した。暗い「更地」にしつらえた舞台におんなが一人立っていた。 「これは評価が割れるやろなあ。あれと一緒や、何してんのか、見てる人で考えてくださいね。そんな感じやな。俳優があかんかったらできんな、これは。」 「それにしても、あの女優さんはええなあ。皺の一本一本まで見せて、ええんかなあ。あれ、メイクかなあ?」 「『愛の嵐』の、あの人やんなあ。もう七十こえてんのかな?でも、きれいな人やったなあ。」 監督 アンドレア・パラオロ 脚本 アンドレア・パラオロ オーランド・ティラド 撮影 チェイス・アービン 美術 マリアンナ・シベレス 衣装 ジャッキー・フォコニエ 音楽 ミケリーノ・ビシェリャ キャスト シャーロット・ランプリング(アンナ) アンドレ・ウィルム(アンナの夫) ステファニー・バン・ビーブ(エレーヌ) シモン・ビショップ(二コラ) ファトゥ・トラオレ(演技の先生) 原題「Hannah」 2017年 フランス・イタリア・ベルギー合作 93分 2019・02・21・シネリーブル神戸no24 ボタン押してね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.08.04 22:21:31
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