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カテゴリ:読書案内「社会・歴史・哲学・思想」
池部 良「ハルマヘラ・メモリー」 (中公文庫)
塚本晋也監督の映画「野火」を見て、いろいろ心騒ぐ印象を受けました。映画を見終えて、大阪の九条の商店街を歩きながら、まず 「原作、大岡昇平さんの『野火』と違うな」 と思いました。 つぎに、「人肉食」をテーマにした小説、武田泰淳の「ヒカリゴケ」と野上 弥生子の「海神丸」を思い出しました。 が、自宅に帰って引っ張り出したのは、「野火」でした。ぼくの中に残っている、昔読んだ印象では、この小説のポイントは、なんといっても、戦場で 「田村一等兵は人肉を食ったのかどうか?」 ということでした。彼の左手が、右手がすることを制止したのかしなかったのか、それが記憶の山場でした。ところが小説を読みなおしながら、もう一つ思い浮かんできました。 「確か、俳優の池部良が何か書いてたはずやなあ?」 そういう、遠い、あやふやな記憶のようなものでしたが、それが、今回案内する池部良「ハルマヘラ・メモリー」(中公文庫)です。 「え?池部良をご存知ない?」 うーん、簡単にいえば「昭和」の二枚目。今井正監督の「青い山脈」で原節子の相手役。「昭和残侠伝シリーズ」では高倉健のダチで、必ず死ぬ人。晩年はエッセイスト。 ぼくが若くて、映画に呆けていたころ、どなたがおっしゃったのか忘れているのがザンネンですが、「キネマ旬報」か何かのコラムで 「本物のヤクザ」に一番近い「目」をしているというのがあっって、エラク納得したことがある人。でも、これも、かなり遠い記憶。 もっとも、ここで案内しているのは、映画スター池部良ではなくて、1995年、「婦人公論」に連載した、従軍記、「ハルマヘラ・メモリー」ということで、本の話に戻ります。 僕が、北支那・保定予備役士官学校を卒業し、初めて士官として勤務に就いた隊の名称は、第三十二師団衛生隊・輜重(輸送)第二中隊。北支・山東省嶧県が隊の所在地。昭和19年・冬のこと。気温・零下五度。 これが書き出しです。彼は1918年生まれだそうですから、26歳で中隊の見習士官として入隊したわけです。中隊に赴任して、中隊長からこんな話があります。 なんかとんでもない話ですが、ともかくも、こうやって始まった北支での衛生隊勤務は、ベテラン下士官にいじめられ、30歳を過ぎた初年兵に気を使い、酷寒の地の冬を、ただ、ただ忍耐で過ごします。 すると、今度は、部隊ごと、南方への転戦、いや前進を命じられ、上海まで列車で南下、呉淞(ウースン)から輸送船「天空丸」2500トンに乗船します。 船に乗って、ようやく教えられた「前進」先はフィリピン。ミンダナオ島、ダバオ港。ここからが船旅で、それでも、無事マニラに到着。そこから、すでに制海権を失っているセレベス海に入ったところで、ニューギニア島の近くにあるハルマヘラ島行きを命じられます。航海はあと一日です。ここまで、慣れぬ船旅、船底の解雇棚の苦闘、兵への気遣いに疲労困憊の様子が延々とつづられているのですが、何故か読むのがやめられません。 なんか、愛嬌があるのです。文章に。戦争なのに、戦争と思えない日常性。思い出話によくある「美化」があるわけではありません。どっちかというと、反省文的です。 「二中隊、池部少尉です」と床の奥に声をかけたら、一〇燭の裸電球に、黄色く浮き出た顔が「俺、本部の主計中尉だ。上がれや」と言う。這い上がって彼の横に寝た。座っても頭が天井に支えるから、寝そべる以外に手がない。「ここにな。三〇万の包みがある。何かあって、お前、拾ったら、お前にやるよ。陸軍のものだといったって証拠がにゃあもんな。」と主計中尉はいった。 輸送船は魚雷命中で、沈没。370ページの本編の220ページまで読み進んできて、初めて池辺地少尉が敵と遭遇した場面にたどり着きました。 池部良の従軍回想記は最後に、次の一行を記して、ここで終ります。 復員船が来たのはそれから十か月後である。 大岡昇平は「俘虜記」と題して、復員後すぐに戦場体験を書くことで、戦後文学のスターになりました。池部良は戦後の映画界で、屈指の二枚目スターとして、50年の歳月をすごしたのちに、「愚かで無能な見習い将校姿」を、「戦場の自画像」として描きました。 スクリーンで女性客の心を掴んだ、ニヒルな笑顔が、実は、栄養失調で抜けてしまった結果の「総入れ歯」の笑いであり、「青い山脈」の高校生のヒーロー金谷六郎が、 三十歳を過ぎた復員兵の演技 であったことは忘れられています。 本書は、戦場で口にすれば、生き永らえることすら難しかった 「本当のことば」 を、なんとしても書き残したかったに違いない気迫が、ニヒルなユーモアの中に木霊している、希代の演技者の自画像であり、ここにも、戦争の、愚かな真実が、くっきりと書き残されているとぼくは思いました。乞うご一読。 追記2020・01・09 映画「野火」の感想はここをクリックしてね。 ボタン押してね! にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.08.13 09:17:26
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