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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.12.02
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​​山田詠美「つみびと」(中央公論新社)

 

​​​ 山田詠美さんの新刊「つみびと」を読みました。読み終わって、ボンヤリ考え込んでしまいました。ぼくにとっては山田詠美は同時代の作家のひとりです。​​​

​ 「ベッドタイムアイズ」(河出文庫)から始まった彼女の作品世界は、当時としては、かなり衝撃的でした。しかし、PAY DAY!!!」(2003・新潮文庫)・「風味絶佳」(2005・文藝文庫)あたりで、何か変わったような気がしたのを覚えています。

​ 特に「風味絶佳」は、世間ではとても評判がよかったのですが、ぼくにはマンネリにみえました。

​ 久しぶりに新作を読みました。日経新聞に連載された作品らしいのですが、「マンションの一室に幼い子どもふたりを放置し、死に至らしめ23歳の母親とその家族」を描いた小説でした。山田詠美らしい「今、このとき」をテーマに果敢に挑んだ作品だと思いました。

 「読書人ウェブ」というサイトのインタビューでこんなふうに語っています。

――物語は、蓮音の事件が報道された直後からはじまります。世紀の「鬼母」というレッテルをはられ、その母だということを理由に、琴音のところにマスコミが押しかける。その時点で、蓮音は既に、とんでもない極悪人のイメージになっている。また、取材する側も、「あなたのような人が母親だから、娘が不幸になってこういう事件を起こしたんだ」という先入観に基づいて質問を投げつける。この冒頭で、一読者としてドキッとさせられました。

​山田 なにか事件が起きたとき、多くの人は、わかりやすくひとまとめにして語りたがりますよね。でも、ひとつの事件にまつわる不幸というのは、けっして画一的には語れない。なぜなら、不幸も幸福も、あくまでその人にしか判じられないものだから。いわば人の数だけ不幸の形があって、それらのいろいろなピースが複雑に組み合わさった結果、事件は起きるわけです。そこを事細かく、ごまかさないようにして書いてみたいと思いました。​

​ 母である「琴音」、娘である「蓮音」、そして、四歳の長男桃太(ももた)とニ歳の長女萌音(もね)の「小さき者たち」。それぞれの世界が全部で十章ある章の中で、「母・琴音」、「娘・蓮音」、「小さき者たち」と、いわば、段落分けされて描写されていますが、それぞれに、微妙に異なった文体が駆使されています。

 それぞれの世界に生きる四人の登場人物に共通するのは、他者とのつながりを、一方的に断たれ、他者による抑圧と疎外からの自由を奪われていることです。

  第一章は「母・琴音」のこのシーンで始まります。

私の娘は、その頃、日本じゅうのひとびとから鬼と呼ばれていた。鬼母、と。この呼び名が、実際のところ、いつ頃から使われていたのかは不明だが、まさに娘のためにある言葉だと多くの人は怒りと共に深く頷いたことだろう。彼女は、幼い二人の子らを狭いマンションの一室に置き去りにして、自分は遊び呆けた。そして、真夏の灼熱地獄の中、小さき者たちは、飢えと渇きで死んで行った。この児童虐待死事件の被告となったのは、笹谷蓮音、当時二十二歳。私の娘。
 第九章、最後の「娘・蓮音」はこう始まっています。

愛なんて、これから簡単に見つかる筈だと、蓮音はタカをくくっていたのだった。
 同じく九章、「小さき者たち」の最後の部分はこうなっています。

 悪いことをした子には、ばちが当たるよ。 

 前に、母の蓮音に何度か言われたこの言葉を、今、桃太は思い出しています。

 ​「ばち」の意味が良く解らないままでいた桃太でしたが、今のこのことなのかなあ、と考えて慌ててしまうのでした。ばちが、こんなにも大変な事態だなんて、と気づいたのです。​

​ 「一人称の語り」と、「ナレーションの語り」の組み合わせは共通していますが、ナレーターの「言葉遣い」が微妙に異なっているように感じました。特に「小さき者たち」の語りは、いわば「神の視点」の物語です。「桃太」のことばも、一般的に考えられる四歳児の「ことば」としてのリアリティはありません。

​​ しかし、山田詠美が、作家として「作り出した」のは、この四歳児の「ことば」の世界だと思います。どんなに参考文献をあさっても、この世界は憶測でしか表現できません。で、あるなら、作家山田詠美は、まず、ここにいるはずです。​​

 かつて、「画一的な」社会によって、生殺しにされかかっている少年や少女たちの「イノセンス」を肯定した作品群を書いた作家ならではの挑戦がここにあったのではないでしょうか。

 作品の読者の多くは、「小さき者たち」の世界に立ちどまり、胸を打たれることは間違いないと思います。その意味で、この作品は成功しているといえるでしょう。
 しかし、童話風の語りを語る作家が、どこかで「画一性」の罠にはまっているとは感じられないでしょうか。「本当は残酷な」童話の世界にたじろいでしまう私たちの「やさしさ」の画一性を、あるいは「わかりやすさ」を求める欲望を作家は越えているでしょうか。

 「何かが足りない。山田詠美でも書けないのだろうか?」

 読み終えて、最初に浮かんできたのがこの言葉でした。

 「作家が、資料として提示しているドキュメンタリィの「怖さ」を作品は越えられていないのじゃないでしょうか。」

​ そう話してくれた友人がいましたが、山田詠美ほどの語り手が、何を前にしてたじろいだのでしょう。そこが知りたいと思いましたが、それはないものねだりなんでしょうか。
 「よく頑張りました」とは言えるかもしれません。が、果たして小説としてうまくいっているのかどうか、かなり?な作品でした。

 

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最終更新日  2020.12.04 22:15:54
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