坂上香「プリズン・サークル」元町映画館
2019年の秋に見たフレデリック・ワイズマンの「チチカット・フォーリーズ 」というドキュメンタリーが心に残っていて、このチラシが目に留まりました。6年がかりで日本の刑務所にカメラを持ち込んだということに興味を惹かれました。
天気はいいのですが、映画館はすいています。入場時間丁度くらいにチケットを買って10番でした。
「コロナ騒ぎに負けないで映画館にはがんばってほしいなあ、でも、お気に入りの席に必ず座れるのもいいなあ。」
座席に座って勝手なことを考えていると始まりました。
煙がいろいろ変化するような絵の「アニメーション」が映り始めて、素人っぽい男性のナレーションの声が聞こえてきました。
「ウソしかつけない子供がいました。」
で、その、最初の言葉にドキッとしました。
そこからに実写になって、「島根あさひ社会復帰促進センター」という受刑施設の遠景が映し出されます。
カメラが廊下を歩く刑務官を追うと、チラシの写真で見た椅子が並べられた部屋が映ります。イメージでしか知らない刑務所とは違います。まず、そこに驚きました。
丸刈りの男たちが椅子に座って、学校のホーム・ルーム話し合いのような雰囲気です。映画は章立てされていて、最終章まで、全部で11章だったと思いますが、20代の青年4人の「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムに参加している様子と、このプログラムを経験し、その後、出所した人たちの「今」の様子が、だいたい、交互に、丁寧に、映し出されます。映されている受刑者の顔にはボカシが入っていますが、映像では隠されいるはずの表情や仕草、そして言葉が、とても丁寧に撮られているというのが印象的です。
最初の青年は「オレオレ詐欺」の実行犯で、「ウソしかつけない子供」は彼が書き始めた「自分自身」の物語であったことがわかります。
最終章で、誰からも信用されない「ウソつきの子供」に、一度だけ「本当のこと」を言うチャンスが与えられて物語は完成します。
刑期を終えて出所する青年の素顔が映し出されます。ボカシが消えてホッとしました。でも、そこに映し出された表情、特にその眼差しは、思いのほか「寂しげ」で厳しいものでした。ぼくはその表情こそが、彼が「人間」であることの証であるように感じました。
映画ではそれぞれ罪状は異なっていますが、4人の青年の姿を描いていました。その一人一人が「人間」であることを、生まれて初めて許された「人間」の喜びを伝えていました。彼らが、みんな、「人間」であることに戸惑っていたことが、特に印象に残りました。
ただの印象ですが、ワイズマンの映像の、徹底した客観性に比べて「あたたかさ」のようなものを感じる映像だったことに考えさせられました。批判というわけではありません。ドキュメンタリーに於いて映し出される映像とカメラの「位置」の問題なのか、「編集」の問題なのか。でも、この映画の「あたたかさ」の感じには、たとえば見ているボクをホッとさせる「よさ」もあるわけです。被写体とカメラと映像、そして、それを見る観客という第三者の眼、少しづつゆらぎながら物語が生まれていくことをボンヤリと思い浮かべながら見終えました。
蛇足ですが、坂上香監督の辛抱強い仕事ぶりとその成果には心打たれました。この国の刑務所にカメラを入れたことは、やはりただ事ではない努力の結果ではないでしょうか。
監督 坂上香
製作 坂上香
撮影 坂上香 南幸男
録音 森英司
音楽 松本祐一 鈴木治行
アニメーション監督 若見ありさ
2019年 136分 日本 2020・03・12元町映画館no36
追記2020・03・14
翌日、ラジ・リ監督の「レ・ミゼラブル」を見ました。映画の終わりに「友よ、悪い草も悪い人間もいない、育てるものが悪いだけだ」というヴィクトル・ユゴーの原作のことばがテロップで流れました。瞬間、この映画のことを思い浮かべました。
「少年たちの犯罪」に限らず、「犯罪」を当人の責任にして批判し、厳罰を口にする風潮が広がっている印象があります。
二つの映画は「人間」として子供たちに出会っているかどうか、「育てる」仕事に携わっている「大人」に問いかけてくる作品でした。青年たちに生まれて初めて「恥ずかしい」と言わしめた刑務所のサークル状に配置された椅子の方が、かつての職業で記憶にある教室の椅子よりも「人間」的に見えたのは錯覚だったのでしょうか。
追記2023・06・21
「私、オルガ・ヘプナロヴァー」という20歳過ぎの少女が死刑になった映画を観ました。主人公が人殺しになっていってしまう姿を見ながら、この映画のことを思い出しました。人は、自分を人として扱ってくれる他者の存在なしに生きていくことが難しいこと、自分が、そういう他者として存在するにはどうすればいいのか、そんなことをボーっと考える映画でした。
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