「100days100bookcovers no9」
奥泉光『モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』(文春文庫)
前回、SIMAKUMAさんの文章の中に出てきた人物は避けたかったのですが(連句でいうと「付きすぎ」ってやつです)、この機を逃すと、もうここへ繋ぐチャンスはないような気がするので、ひねりなくストレートにいきます。
奥泉光『モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』(文春文庫)
最初に出会った小説がこれだったのでにわかには信じられないのですが、奥泉光は芥川賞作家です。
本書を読んだあとにそれを知って、すぐに受賞作を読んだかというといまだに読んではいなくて、処女作の『滝』というのを読んでみたら、途方もなく純文学でした。
私はもう何十年も「純文学」とは無縁の人生を送っているので、読み終えたあとしばらく放心し、受賞作へたどり着けないまま今に至ります。
9年前に『モーダルな事象』を読んだとき、笑いがこらえられなくて電車の中で読めないのに困りました。今回も「ちょっと読み返してみよう」と読み始めたら、20ページ読む間に10回ぐらい爆笑してしまい、緊急事態宣言が出てから初めて「ステイホーム中で良かった」と思いました。
ミステリーと怪奇幻想とSFとオカルトとファンタジーその他もろもろがすべて投入された分厚い結構、そこに広がる複雑な人間関係と奥の見えない迷路のような世界、そしてそれらを包み込むパロディ精神。さらには、日本近代文学への愛ある茶化し。文中に登場する新聞記事や人物辞典の一項目、雑誌の後記などはもちろんすべて「つくりもの」なのですが、いかにもありそうに誇張され、さりげなくおちゃらけています。こうしたことが饒舌な文体でぎっしりと印字されているのですが、どんどん横道に逸れていくのではなくて、ちゃんと本筋に戻ってくるところがすごいです。そう、奥泉光は案外几帳面なのです。
こんなふうに細部まで造り込まれた小説ではあるのですが、読み終えたとき、スッキリ解決した気分にならず、靄がかかっているようなところがあるのは、どうやら彼の小説の本質かもしれません。
また、はまる人ははまりますが、冒頭50ページほどの「アホらしさ」についてこられなかった人は、そこから先へ進めないかもしれません。もったいないことです。
ところで、タイトルロールの桑潟助教授が遭遇する「事件」を、素人探偵の元夫婦が追って行く構成になっていて、話は2本立てで進行してゆくのですが、この元夫婦の夫の名前が「諸橋倫敦」というのです。もろはしろんどん。オシャレはオシャレでも、「横浜流星」と違って馥郁たる衒学の香りのするこの人物名が、小説を象徴していると思うのは私だけでしょうか(たぶん私だけでしょう)。
その後「桑潟もの」は2冊刊行されていますが、どうやら「ユーモア」の部分を生かして書くことを出版社に用命されたらしく、ただの「准教授と女子大生がドタバタするユーモアミステリ」になってしまいました。いや、そういうことじゃないんだよなあ。
ということで、KOBAYASIさん、お願いします。(2020・05・22 SODEOKA)
追記2024・01・19
100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目)という形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。
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