「100days100bookcovers no38」(38日目)
津原泰水『蘆屋家の崩壊』(ちくま文庫)
前回、YAMAMOTOさんが紹介された『大竹から戦争が見える』は、広島県大竹市の歴史から太平洋戦争を検証する本でした。教科書には載っていないこと、まったく知らなかった事実がまだまだたくさんあるのですね。勉強になりました。
そこで、地方発信の視点でつくられた本、というくくりでリレーを繋げないかと探してみましたが、残念ながらわたしの本棚には見つかりませんでした。ならば、終戦直後の日本を舞台にした小説、ということで2冊手に取ったのですが、どちらも何十年も前に読んだ小説で、もういちど読み直さないことには何も書けず、読み直している時間もありません。
読み直すのならば短編がいい。
それでは、ということで思いついたのが津原泰水の短編でした。津原は
広島出身の作家
で、被爆二世だそうですが、彼自身はそのことを標榜しているわけではなく、幻想小説、ホラー小説の名手としてわたしの本棚を彩ってくれています。本が出たら買う作家のひとりです。
津原泰水といえば、2,3年前、百田尚樹の『日本国紀』(幻冬舎)の内容についてネットからの盗用疑惑が持ち上がり、津原がTwitterでそのことを批判するというできごとがありました。
その批判に反応した幻冬舎との間で関係が悪化し、幻冬舎から刊行予定だった津原の文庫本が刊行中止になりました。その後、社長の見城徹が、津原の著書の実売部数をtwitter上でばらしてしまい、見城が作家や編集者たちから大顰蹙を買う、という「事件」に発展しました。
文壇にも出版界の裏側にも興味はなく、『日本国紀』も読んでいないので、この事件についてはこれ以上言及しませんが、津原泰水らしいな、と思いました。
「アグレッシブでしなやかな一匹狼」
というのがわたしから見た津原泰水像です。
見城がばらしたのはけっして多くはない実売部数でしたが、作品のクオリティの高さを知っている愛読者にとっては、
「わたしは見つけちゃったんだもんね」
という喜びしかありません。津原の小説を刊行してくれる出版社があるならば、それが地の果てでも買いに行く自信があります。まあ、ネット書店があるので、そんなことをする可能性はほとんどないんですけど。
とまあ、長い導入になりましたが、もう少し導入は続きます。いざ津原の短編集を選ぶ段になって、『蘆屋家の崩壊』と『11 eleven』のどちらにするかで迷いに迷ってしまいます。
おそらく、今の段階で津原泰水の短編集の代表作はと訊かれたら、わたしは『11 eleven』と答えるだろう。ことに収録作の「五色の舟」と「土の枕」は名作だ。しかも『蘆屋家の崩壊』のことは、一度ブログにも書いている。けれども、エンタメを食べて生きているわたしがここで選ぶのならば、やっぱり『蘆屋家の崩壊』でないとおかしいのではないか、という結論に達したのです。
ということで、ようやく『蘆屋家の崩壊』にたどり着きました。このタイトルを音読すると、すぐに思いつく小説があるはずです。エドガー・アラン・ポーのあれです。けれども、舞台を日本に移し、換骨奪胎しただけではありません。安倍晴明のライバルだったと伝えられる陰陽師の「蘆屋道満」の子孫が現代に血統を繋いでいるというモチーフを柱に、安倍晴明を生んだとされる「葛の葉」が実は狐だったという伝説をまぶして、蘆屋家が「狐」を怖れて壊れてゆく話を紡いだ幻想小説です。
この短編集は、ほぼ全編に動物のモチーフが出てきます。タイトルだけを上げると
・反曲隧道
・蘆屋家の崩壊
・猫背の女
・カルキノス
・ケルベロス
・埋葬蟲
・奈々村女史の犯罪
・水牛群
なんとこのタイトルたちの獣っぷり。そして、全編の語り部である主人公の名前も「猿渡」です。
どの短編も、「伯爵」と呼ばれている怪奇小説家と猿渡が、好物である豆腐を食べ歩くふたり旅の途上で起こる物語という設定になっています。読みながら心に残るのは、動物の背負う「異形」だけではなく、動物に仮託された「物言わぬもの」としての佇まいです。
それを読者に伝えうるのが津原の「文体」だということになります。余計なものをそぎ落とし、練られた文体ではあるのですが、簡潔ではないのです。久生十蘭を彷彿とさせますが、十蘭より生々しい。そのあたり、津原の文体の魅力の一端を語った川崎賢子さんの解説から引いてみます。
〈どれが誰の発語なのか。主語が周到に消された文章。主語をもたないのは、死者の声だからなのか。小説の言葉のなかに、生者と死者、人とけものが、ひとつに生きる。〉
そうか。この小説群に満ちているのは「声なきものの声」だったのか。声なきものの声に耳を澄ますという行為を、私たちは日常的にすっかり忘れていはしないだろうか。それが生きることの根幹にあるはずなのに。
そうそう。この川崎賢子さんの解説が、また素晴らしいのです。久生十蘭や尾崎翠の解説でよく名前をお見かけする研究者ですが、夏目漱石から中井英夫まで、日本の幻想文学史を縦断しながら津原文学の魅力が語られます。あの解説だけでも読む価値がある、というのは本末転倒ですが、それぐらいよいのです。
どの短編もイメージがひしめき合い、民俗・習俗に足を踏み入れ、豊穣に構成されて圧倒されますが、なかでも「ケルベロス」はその哀切さを、「水牛群」は内田百閒を思わせる虚実の曖昧さを、わたしは愛しています。
なお、ちくま文庫版の装幀は、俳人にはおなじみの間村俊一さんです。
やっぱり長くなってしまいました。ではKOBAYASIさん、お願い致します。
(K・SODEOKA2020・08・31)
追記2024・02・16
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