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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2020.12.29
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​​ワン・ビン「死霊魂」元町映画館
​​​​ ​ワン・ビン​、漢字で書くと​王兵​1967年生まれの監督らしいですが、これまでの彼の映画を、ただの1本だって見たことはありません。今回は​「死霊魂」​という題名には、少し及び腰になりましたが、506分という作品の長さに惹かれて予約しました。​​​​​
​​​​​​​​ 今までに見た長尺映画といえば、ランズマンという人の「ショアShoah」9時間30分が最長ですが、まだ、元気だった20年ほど昔に観ました。この作品は8時間30分で、二番目の長さです。昨年観たタル・ベーラ監督「サタン・タンゴ」7時間とちょっとでしたから、それよりも1時間以上長いわけです。
 徘徊老人シマクマ君になってからは、最長の映画です。見ないわけにはいきませんね(なんでやねん!)。​​​​​​​​

 帰りの時間を考えると、駐輪場が閉まってしまうのでバスで出かけました。元町映画館は66席のミニ・シアターですが、今回は33席の上映でした。ぼくには好都合でしたが結構すいていました。
 お昼の12時30分に始まった映画は、途中2回の休憩をはさんで、21時30分に無事、終了しました。
 あざとい「けれんみ」もなく、声高な主張や体制批判もない、話す人の表情を淡々と撮り続ける映画でした。

​​ ​想田和弘監督​​「観察映画」​と自称するドキュメンタリー映画の手法がぼくは好きですが、あの感じと少し似ていると思いました。
 映画のチラシには​「我々の時代の『ショア』だ」​という宣伝文句がありましたが、あの映画とは少し違うと思いました。
​​​​​​​​​ たしかに中国現代史の「闇」を抉り、白日の下にさらす「怒り」「告発」の証言集のような趣で見ることは可能ですし、そう見るように宣伝されているようですが、ぼくの印象では​「ショア」​ランズマンにはカメラを「武器」にして、事実で「悪」を抉るような意図を感じたのですが、この映画は、最後まで、そういう政治的、社会的な意図を感じることはありませんでした。むしろ、ある時代を「生きて」、「死んだ」人々に対して、能うかぎり「零度の映像」として​8時間30分​、10年以上にわたって撮り続けたフィルムに焼き付けられた
「事実」を差しだそうとする「静かな意志」​
​ を感じました。​​​​​​​​​​​
​​​ 隠された事実を掘り起こし、生きている人の証言と生活を丁寧に記録しているこの映画が、おそらく、現代中国で公開されることはないだろうという意味で、中国​「収容所国家」​であるということは明らかです。加えて、映像の中で語り続けられる証言によって、証言者たちが経験した共産主義の理想の「再教育」という政策が、「共産主義」とは縁もゆかりもない、権力の都合によって意図された政治的粛清事件であったことも明らかにされています。​​​
​ しかし、同じ人物の10年を越えた、二度、ひょっとすると数度にわたるインタビュー、時間の経過とともに事実に気付き始める証言者の悲嘆、名誉回復が言葉遊びで出会ったことに対する絶望、証言者の隣に座り、自らも語り始める妻や、声をかける家族を撮り続けた​監督ワン・ビン​のこのフィルムには、センセーショナルな告発や批判を目的にした「熱」を感じることはありませんでした。​
 彼が描こうとしているものは、もっと、根源的な人間の有様であったように思えたのです。
​​ 甘粛省・夾辺溝・明水という地名を聞いて、ああ、あのあたりだと見当がつく人は、多分そんなにはいないのではないでしょうか。
​ ​「一帯一路」​という​習近平​の経済政策が話題になっています。北京から2000キロ、新しい高速道路が計画されているそうですが、あの計画にでてくる中国地図の西北の果てです。歴史好きの人なら​「敦煌」​というシルクロードの都市の名を上げればイメージされるでしょうか。​​​

​​​​​​​​​​ 映画のラスト、カメラマンの動きに合わせて動くデジタルカメラが、荒涼とした明水の砂漠を映し出しています。​「再教育収容所」​と名付けられた施設が、1950年代の終わりに設置され、1961年に閉鎖された跡地です。​​​​
 半世紀の時間が流れたはずの大きな砂の窪地のような、かつての住居跡には、風にさらされた人骨があちらこちらに転がって放置されています。
 カメラは立ちどまり、次の場所でまた立ち止まり、また、次の場所へと動き、足早に歩く足音と風の音が聞こえてきます。
 ​枯れ枝を踏み、砂を蹴る足音と風の音が「事実」の重さを、ぼくの脳裏に刻み込んでいきます。クローズ・アップされた砂漠に転がっている髑髏(シャレコウベ)たちが訴えかけてきます。​​​​​​​
​「どうか、この俺たちのことを忘れないでくれ。」​​
​​ この映画が、最後になって「熱」を帯びた瞬間にエンドロールが廻りはじめた、そんな印象でした。
 陳腐な事実隠しにうんざりし、コロナの猖獗になすすべもない権力を目の前にした2020年でしたが、年の暮れに、途方もなく大きな「悪」と、それでも前を向いて生き続ける人間の姿にゆっくりとうちのめされる8時間30分を経験しました。傑作です。​​​


監督 ワン・ビン王兵
製作 セルジュ・ラルー  カミーユ・ラエムレ  ルイーズ・プリンス  ワン・ビン
撮影 ワン・ビン
2018年・506分・フランス・スイス合作
原題「Dead Souls」
2020・12・26元町映画館no66

追記2020・12・29

​​​ 盛唐の詩人李白「子夜呉歌」という漢詩があります。高校の教科書にも出てくる有名な詩ですが、「玉門関」に派遣された兵士の妻が、夫を想う詩です。この地の果ての地名が、この映画の舞台でした。​​​
 何となく、ぼくでも知っているということで思い浮かべた詩なのでここに載せておきます。
​​ 子夜呉歌 李白

長安一片月  長安一片の月
萬戸擣衣聲  萬戸衣を擣(う)つの聲
秋風吹不盡  秋風吹いて盡きず
總是玉關情  總て是れ玉關の情
何日平胡虜  何れの日にか胡虜を平らげて
良人罷遠征  良人遠征を罷めん​​

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最終更新日  2024.05.17 12:23:47
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