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カテゴリ:読書案内「社会・歴史・哲学・思想」
岸政彦「断片的なものの社会学」(朝日出版社)
岸政彦という社会学者が、ちょっと流行っているらしいことは、なんとなく知っていましたが、読むのは初めてです。 読んだのは「断片的なものの社会学」という、おそらく一番流行っている本です。手に取ってみて、書名にある「断片的」に、まず、引っかかります。 腰巻にも引用されていますが、「イントロダクション」、まあ、「まえがき」ですね、そこで著者自身が書いていますが、「聞き取り調査の現場」では、「唐突で理解できない出来事」が、無数に起きていて、それは「日常生活」にも数えきれないほど転がっているのだけれど、それをどうするのかというところから出来上がった本のようですね。 社会学者としては失格かもしれないが、いつかそうした「分析できないもの」ばかりを集めた本を書きたいと思っていた。 要するに、意味不明な「断片」をうっちゃってしまわないで、ちょっとコレクションしてみますね、ということらしいです。 で、一冊読み終わってみて、印象的だった例を挙げてみますね。 あるとき、石垣島の白保で潜っていた。台風の後で、風が強く、波も高く、流れも速かった。海も濁って、見通しも悪かった。 人間の「居場所」に関して、沖縄で働くフィリピン人の女性や、奄美大島出身のタクシー運転手からの「聞き取り」の報告が語られている「出ていくことと帰ること」と題されたエッセイ(?)の結びとして、最後にのせられている話です。 引用の中にある二つの話は、社会学者としての聞き取りの報告ではありません。岸政彦自身の経験、まあ、思い出の紹介です。 社会学という学問のフィールド・ワークというのでしょうか、たとえば、「聞き取り」とかいう方法については全く知りませんが、他人から話を聞くという時に、聞いている人が、何を聞き取る「耳」を持っているのかというのは、聞き取りの内容に影響しそうな大切なことで、たとえば、この1冊の本の面白さは、まず、岸政彦という人の「耳」の面白さといっていいと思います。 「耳」から聞こえてくる話に、感応する、こういう記憶を持っている岸政彦という人は信用していいんじゃないでしょうか。 それにしても、海亀との遭遇の話はともかくも、この老人との遭遇は、読者のなかにも「唖然」とした気分と、意味のわからない「不安」が残りそうですね。 マア、似たような話といえなくもないのですが、その場にいたわけでもないのに、思わず笑ってしまった話を、もう一つ紹介します。 あるとき、夕方に、淀川の河川敷を散歩していた。一人のおばちゃんが柴犬を散歩させていた。おばちゃんは、おすわりをした犬の正面に自分もしゃがみ込んで、両手で犬の顔をつかんで、「あかんで!ちゃんと約束したやん!家を出るとき、ちゃんと約束したやん!約束守らなあかんやん!」と、犬に説教していた。 ね、人が身の回りの物を「擬人化」する話について考えている「時計を捨て、犬と約束する」という章の中で紹介されているのですが、もう、これだけで映画の1シーンになるように思いました。 いかがでしょう、、全体としては、ちょっとくどくどおっしゃっている部分もありますが、驚くべき「断片」の集積、読んで損はないと思いますよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.05.17 00:47:35
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