|
カテゴリ:読書案内「社会・歴史・哲学・思想」
ニック・タース「動くものはすべて殺せ」(布施由紀子訳・みすず書房)
「ハンバーガー・ヒル」という、1987年に作られた映画を見ていて、この本のことを思い出しました。ニック・タースというジャーナリストが書いた「動くものはすべて殺せ」という、衝撃的な題名の本です。2015年にみすず書房から翻訳出版されました。「真実のベトナム戦争史」ともいうべき内容で、元従軍兵士や生き残った現地の住民に対してインタビューを重ね、公開された公文書館資料を調べつくし、「アメリカがベトナムで何をしたのか」、という「闇」の、当事者ならずとも目を覆いたい、隠し続けたかった「真相」を白日の下にさらした驚くべき本だと思いました。 どなたがお読みになっても、読了後、深くため息をおつきになることは間違いないと思います。ぼく自身は、「本当のこと」というのは知ることによって、必ずしも、人を救ったり、元気にしたりするわけではないことを実感しました。 ロバート・メイナード中尉は、ブービートラップ(革命軍の地雷・待ち伏せという「罠」攻撃のこと:引用者註)による死傷者が出てからほどなく、第1小隊のジョン・ベイリー少尉、ドン・アレン3等軍曹と作戦前の打ち合わせを行った。のちにアレンが報告したところによると、メイナード中尉は、「真っ先に村を襲う」と断言したという。アレンは指示内容をはっきり覚えていた。「われわれは全小隊を率いて村を縦断する。向う側に出たときには、生き残った者、焼け残ったものがないようにする。子供については、それぞれの良心に従って対応せよ」と言われたのだ。 引用は書名になっている「動くものはすべて殺せ」が、現場の命令として発されていたことが、元兵士の証言として出てきたところです。 このセリフの異常さもさることながら、「子供については、それぞれの良心に従って対応せよ」と命令された兵士たちがどのように訓練された、どういう年齢層の人たちであったかということが、この引用に続けて報告されています。 海兵隊員たちは、チェウアイ村の子どもたちについては、良心に従って対応せよと命じられたが、当の彼ら自身がまだ子供時代に別れを告げて間もない若者だった。じつのところ、ベトナムで任務についていた米兵の大半は十代か二十歳をを過ぎたばかりだったのだ。徴兵されたか、(徴兵を待つ不安定な状態がいやで)志願したかはともかく、みんな少年といってもいいような年ごろで基礎訓練を受けに行ったのだ。 発言の始めと終わりに「サー」をつけ忘れるといった些細な規定違反をあげつらい、頻繁に処罰を行うことは、このプロセスにとっては非常に重要だった。無理やり生ごみを食べさせる、気絶するまで運動をさせるなど、精神的ダメージと肉体的苦痛を与えることが目的とされていた。 マインド・コントロールという言葉が自然に思い浮かんできますが、白紙にされた、若い兵士の「心」に刷り込まれたのは次のような内容でした。 「十一ヵ月をかけて、私は殺人をするように訓練されました。八週間の基礎訓練のあいだもずっと『殺せ』『殺せ』と叫んでいたんです。だからベトナムに行ったときにはいつでもすぐに人を殺せるような気がしていました。」 現場で、まさに言い訳として、上官が口にした「良心」を、常識的に考えられる「良心」として受け取ることができない集団が、人為的に作られていくプロセスの報告でした。 これらの引用は、本書にあっては、実は序の口にすぎません。以下、300ページにわたって、戦争という犯罪の真相が、次に掲げる「目次」に従って、実に詳細に、しかし、具体的に報告されていきます。目次は次の通りです。 序 作戦であって逸脱ではない 報告を終えるにあたって、ニック・タースはこんなふうに問いかけています。 何十年もたち、幾人かの大統領がこの戦争のイメージ刷新を図り、あるいは歴史の片隅に葬り去ろうとしてきたが、アメリカ人はいまだに、ひっそりと闇に消えることを拒む戦争に縛られている。 読み終えて、つくづく思うのです。ベトナム以後も「戦争」をやめることができない「アメリカ」に対するニック・タースの問いかけは、今や、他人事ではありません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.05.24 11:18:39
コメント(0) | コメントを書く
[読書案内「社会・歴史・哲学・思想」] カテゴリの最新記事
|