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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2021.07.24
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​​斎藤道雄「悩む力」(みすず書房)​​ 小説家のいしいしんじさんがツイッター上でこんなつぶやきをもらしていらっしゃいました。​
​ 生涯ナンバーワンの読書経験、といっていいです。ぜったいのぜったいにお薦めです。写真家の鬼海弘雄さんに「いしいさんはこれ読めよ」と押し付けられたのが出会い。ああ。鬼海さん、ありがとう。​
​ どこかで聞いたことがある書名だと思いましたが、まあ、それはともかく、つぶやきのなかに出てきたのが鬼海弘雄という名前でした。写真のことなんて全くわからないのですが、その写真集には、ただ、ただ、圧倒された印象のある方で、「ああ、この本は読まなっくちゃあ」というわけで読みました。
​ 斎藤道雄「悩む力 べてるの家の人びと」(みすず書房)です。​
 表紙の「べてるの家の人びと」という副題を見て、どこで聞いた名前か思い出しました。「ベてるの家の非援助論」という本が我が家のどこかの棚にあるはずですが、そんな本に関心を持っていたころに出会っているはずです。高校の図書館の係をしていて、1800円という価格を見ながら、入れようか入れまいか悩んだ覚えがあるのですが、情けないことに、入れたかどうか覚えていません。
​​​​ 著者の斎藤道雄という人はTBSというテレビ局のプロデューサだった人のようですが、本書は斎藤道雄さんによる「ベてるの家」の取材レポートといっていいと思います。
 「ベてるの家」というのは北海道の浦河という町にある、まあ、一言でいえば「精神障碍者の自立施設」の名前ですが、そう呼んだ、とたんに生まれるかもしれない先入観はとりあえず捨ててお読みになってほしい本でした。​​​​

 内容はお読みいただくほかないと思うのですが、登場する一人一人の人たちの、人間としての存在感が強烈で、先ほど言った、ぼくにもある「先入観」を剝ぎ取ってゆく読書体験で、鬼海弘雄という人のポートレート写真を見る体験と、どこか似ていると思いました。
​​​ 斎藤道雄さんは、「絶望から」という最終章で、向谷地生良という、ベてるの家を支えてきた、ソーシャル・ワーカーの方について語りながら、こんなふうにまとめておられます。​​​
 絶望、すなわちすべての望みを絶たれること。
 それはベてるの家の一人ひとりさまざまな形で体験してきたことだった。分裂病で、アルコールで、うつ病で、あるいはそうした病気がもととなる差別偏見で、一人ひとりがそれぞれどん底を経験し絶望にうちひしがれてきた。そこで生きることをやめようと思い、けれどそうすることもままならず、生きのびたすえに気がつけば精神病という病を背負ってひとり荒れ野に残されている。そうした人間がひとり集まりふたり集まり、群れをなし場を作り、暮らしを立ててきたのがベてるの家だった。
 そこでは、生きることはつねにひとつの問いかけをはらんでいる。
 なんの不条理によって自分は精神病という病にかかり、絶望のなかでなおもこの世界に生きていなければならないのか。病気をもちながら生きる人生に、いったいなんの意味があるのだろうかと。
 その問いかけにたいして、V・E・フランクルのことばを引いて向谷地さんはいうのである。「この人生を生きてなんの意味があるのか」と考えてはいけない、「この人生から自分はなにを問われているか」を考えなければならないと。
「私たちがこれからおきる人間関係だけでなく、さまざまな苦労や危機にあう、その場面でどう生きられるか、その生き方の態度を自分に課していく。・・・・この人生から私がなにを「問われている」のか。私が問うのではなく、私が問われているのです。あなたはこの絶望的な状況、危機のなかでどう生きるのかと」
 絶望のなかからの問いかけ。
 それがべてるの理念のはじまりだった。
​ この部分だけお読みになると、先程から言っている、善意の「先入観」にピッタリと答えている文章に見えますが、一冊通読されて、ここに至るとき、「絶望」という言葉の迫力が、ただ事ではないことに気づかれるに違いないと思います。
​​ 引用されているフランクルは、もちろん「夜と霧」の人ですが、たとえば、よく読まれている彼の文章を分かった気になって読んでしまうぼく自身が、「絶望」という言葉から問い直されているのではないかという「問い」を痛感する読書でした。​​
 いしいじんじさん、ありがとうございました。​



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最終更新日  2021.07.24 01:38:01
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