|
カテゴリ:映画 カナダの監督
ルイーズ・アルシャンボー「やすらぎの森」シネ・リーブル神戸 6月の予告編の頃からねらいはつけていました。
「これはいけるんちゃうか!?」そんな感じです。7月に入って上映が始まりましたが、時間がうまく合いません。いよいよラスト三日になってようやくたどり着きました。 映画は「やすらぎの森」です。カナダのルイーズ・アルシャンボーという女性の監督の作品です。客は5人でした。 カナダの美しい森のなかの湖が映し出され、ここに隠れ棲んでいるらしい3人の老人が水浴をしています。中の一人が、冷たい水のせいでしょうか、心臓発作を起こします。翌朝、彼が愛犬とともに亡くなっているシーンから映画は始まりました。 残された二人は、元郵便局員で、末期がんのチャーリー(ジルベール・シコット)とアルコール依存症から回復できない歌うたいのトム(レミー・ジラール)です。死んだのはテッド(ケネス・ウェルシュ)、森林火災で家族を失った苦しみを「雨のように鳥が降っ」ている絵を描き続けた絵描きです。 同じころ、スティーヴ(エリック・ロビドゥー)という青年の父がなくなり、父の姉ジェルトルード(アンドレ・ラシャペル)が精神障害者の施設から弟の葬儀にやってきます。彼女の突然の登場に、葬儀に集まった人々は困惑した様子ですが、彼女はいたって正気です。 葬儀を終えて、スティーヴが彼女を施設に送ります。車中でそこに帰ることを拒む伯母の顔を見ていたスティーヴは、彼女を森の棲家に連れて帰ります。ジェルトルードの表情にはスティーヴが彼女にかかわってしまうとことを納得させる、 ある「深さ」がある と思いました。 ここから、ぼくはこの映画の世界に一気に引き込まれていったように思います。 スティーヴは客など誰も来ない、森の奥のホテルの支配人を名乗っていますが、本業は大麻の密売人で、その大麻を作っているのが森の3人の老人でした。 彼らは反社会的隠れ家に潜んでいる世捨て人、で、かつ、匿名の犯罪者の集団ですが、そこに転がり込んだのが4人目の老人ジェルトルード(アンドレ・ラシャペル)だというわけです。 施設に帰ることを拒否したジェルトルードが、マリーと名を変えて、森の棲家の暮らしを始めるところから「物語」が動き始めました。 三人の老人が森林と湖水の美しい風景の中で文字通り素っ裸になって暮らす光景が、ようやくたどり着いた穏やかで自由な人生の終わりのための 「やすらぎ」のアジール を思わせます。 森を歩くトムが鼻歌で歌う「アメイジンググレイス」、焚火のまえでギターをつま弾きながら愛犬に歌って聞かせるレナード・コーエンの「Bird on the Wire」、死を決意した夜、酒場で歌うトム・ウェイツの「TIME」。トムが映画の中で歌っていたこれらの歌は、この映画のナレーションだったのですが、やがて、森の棲家を追われることに絶望をしたトムは、愛犬とともに自ら命を断ちます。 テッドが描き残して去った、「Il pleuvait des oiseaux(雨のように鳥が降った)」の連作は森林火災で家族を失ってしまった彼自身の心のさまに形を与えた作品ですが、映画に登場する老人たちをシンボライズしているかのように哀しく美しい絵でした。 水辺で日向ぼっこをするマリー、自分の腕で水を搔き、自分の足で水を打って浮かぼうとするシュミーズ姿のマリーを支えようとするチャーリー、水の中で抱き合う二人の老人のほほえましい姿。その夜だったでしょうか、80歳にして生涯初めて、愛の官能を経験したマリーがチャーリーに囁く言葉が 「愛撫っていいものね」 でした。 精神障碍者として60年近い隔離生活を強制された人生から逃れてきた彼女の歓びを、こんなに 「ズバリ」と表す言葉 が、他にあるでしょうか。彼女は80歳にして、初めて「生きる歓び」に出会い、もっと「生きる」ことを願いはじめます。 「自動車が通る道が見える家で暮らしたい。」 やがて、森林火災の危険を理由に、森の犯罪者たちに官憲の手が伸び始めます。 しかし、「Il pleuvait des oiseaux(雨のように鳥が降った)」の連作のなかに、一枚だけあった光の絵のように、生まれて初めて自由であることの喜びを知ったマリーは、愛するチャーリーと、彼女が夢見ていた「自動車の見える通り」に面した小さな家に逃れてゆきます。 80歳を超えて、マリーを演じた女優アンドレ・ラシャペルは、公開を待たずにこの世を去ったそうですが、施設を逃亡し、生まれて初めて「人間」の暮らしを始めたマリーの生活が、そんなに長く続くわけではないことを暗示するような女優の最後ですね。庭でサクランボを摘む「笑顔のマリー」は、女優であった彼女の生涯で、最も美しい演技の一つだったのではないでしょうか。 トム役のレミー・ジラールが「今、愛のときが始まる」と歌う「TIME」の深い歌声、アンドレ・ラシャペルの年齢を忘れたかのようなかわいらしく、且つ、官能的な演技、老俳優たちの存在感たるや、ただ事ではありませんでした。 蛇足ですが、この映画は老人たちが美しい森の奥に人生の最後のアジール、静かな逃避の場所を見つける「やすらぎ」の物語ではないと思いました。荒削りの印象はありますが、 「生きる」という苛酷を最後まで、自分なりに生き抜こうとする希望の物語!だと思いました。 最後まで輝いていた女優アンドレ・ラシャペルと、若い女性監督ルイーズ・アルシャンボーに拍手!でした。 監督 ルイーズ・アルシャンボー 製作 ギネット・プティ 原作 ジョスリーヌ・ソシエ 脚本 ルイーズ・アルシャンボー 撮影 マチュー・ラベルディエール 編集 リチャード・コモー キャスト アンドレ・ラシャペル(本名ジェルトルード・森での名前マリー・デネージュ) ジルベール・シコット(チャーリー) レミー・ジラール(トム) ケネス・ウェルシュ(テッド・ボイチョク) エブ・ランドリー(愛称ラフ=ラファエル写真家) エリック・ロビドゥー(マリーの甥・スティーヴ) ルイーズ・ポルタル(ジュヌヴィエーヴ) 2019年・126分・G・カナダ 原題「Il pleuvait des oiseaux(雨のように鳥が降った)」 シネ・リーブル神戸no106 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.07.01 13:10:10
コメント(0) | コメントを書く
[映画 カナダの監督] カテゴリの最新記事
|