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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2021.08.16
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​​​​​藤谷治「睦家四姉妹図」(筑摩書房)​​ 藤谷治という作家も作品も知りませんでした。読んだことのない作家や作品を「ちょっとこれどう?」という感じで、まあ、いつも教えていただく知人から差し出されました。​
「4人姉妹といえば、谷崎の細雪なんだけど、これも4人姉妹よ。ちょっと読んでみない?細雪は900ページだけど、これ200ページくらいで済むからね。」
 なんだか、意味深な笑顔です。
「はずれなの?」
「さあ、どうでしょう。」
 というわけで自宅に持ち帰って、いつものように食卓に放りだしているのをチッチキ夫人が見つけていうのです。
「あら、この人知ってるわよ。」
「えっ、なんで?」
「筑摩書房の『ちくま』の連載でしょ。」
 そうなんです。彼女は岩波書店「図書」とか講談社「本」とか、いわゆるPR誌の鬼というか、とっても熱心な読者なのです。
「ちょっと。先に読んでいい?」
「はい、はい、どうぞ、どうぞ。」
 二日ほどして、本は食卓に戻ってきました。
「ちょっと、これ、さっさと読んでみてくれる?」
「えっ?なに?なにかあったの?」
「いいから、読んでみてよ。」
「面白かったの?」
「さあ、どうでしょう。」
 振出しに戻りましたね。じゃあ、読み始めましょうか。最初のページにこんな図が載っていました。​​​ 1988年昭和63年1月2日「睦家」の家族写真です。「睦家四姉妹図」という作品名はこの仕組みからつけられているようですね。​​​
​​​ この作品は8章で構成されていますが、各章の冒頭には必ずその年の1月2日に撮られた家族写真か掲げられています。記述はその日に集まった家族の様子です。なんで、1月2日なのかというと、その日が四姉妹の母、睦八重子さんの誕生日だからですね。​​​
​ 上の写真を撮った第1章「揺れる貞子と昭和の終わり」の冒頭はこんな感じです。​
 ​​貞子が帰ると、家の中には誰もいなかった。
「明けまして、おめでとうございまあす・・・・」
 人の気配は全然しなかったけれど、一応、挨拶しなながら入っていった。コートを脱ぎ、荷物と一緒に応接間のソファに放り出し、台所の方をチラッと見たが、やはり無人である。
「ふん・・・・・」
 貞子はため息をついた。​​
 ​長女​​貞子二十四歳、正月の二日目、毎年恒例になっている、母八重子の誕生パーティーのために帰宅したのですが、残りの家族は、なぜか留守だというシーンです。​​
​ この日から、ほぼ二十年後平成二十年、2008年のこの日は第6章「このごろのサダ子さん」です。​
 まずこの写真があります。 妙に人数が増えていますが、冒頭はこうです。
 ​​もはやいちどきに全員が応接間に収まることはできない。子どもたちは年齢に差もあるし、そうしょっちゅう顔を合わせているわけでもない。男の方が多いからお互いへのけん制もあるかもしれないが、それでも応接間から食堂、奥の間や浴室に向かう廊下を、みんなで甲高い声を上げて走りまくっている。​​
​ ​ついでなので、最終章「楽しき終へめ」も引用してみます。(ちなみに、ぼくはこの題が読めませんでした。)​
​ 日付はご覧の通り、2020年1月2日です。30年余りの年月が立ちました。写っているのは1988年の写真と同じ6人。ただし撮っている人が余分に一人います。場所は埼玉県のURの賃貸住宅です。
 ​乗り慣れない電車の乗り換えに手間取って、各駅停車だけが止まる小駅にたどり着いた時には、電話で告げた予定の時間よりも一時間以上遅れていた。
「電話しとこうか?今来たって」という梶本に、
「いいよ」貞子は答えた。「あと五分だもん」
 駅からの道は、迷いようもない。駅を背にして広々とした歩道を、ただまっすぐに歩いていくと、十字路の先に巨大な白い集合住宅が、二、三百メートル先の行き止まりまで並んでいるのが見える。
​ まあ、こんなふうに、さほど手間もかからず読みえたわけです。読み終えると、さっそくチッチキ夫人が聞いてきました。
「どう?」
「うん、まあ、おもしろいんじゃないの。」
「どこがあ?」
「それぞれの章の始めにある写真の図かな。これ、架空の家族でもいいけど、本物の写真だったら、投げ出していたような気がする。最初6人だった写真が、年ごとに増減すやんな。一応、長女の貞子の語りでその日のことが語られるねんけど、みんな、薄っぺらいねんな。子どものいない貞子の目という都合に合わせた、勝手な客観描写があるだけやし。でもな、その年その年の写真の名前を見ながら、だんだん、膨れ上がっていくねん。苗字が変わったり、何年か前はあったはずの苗字と一緒に男の名前が消えたり、また新しい名前がふえたり。
 正月の二日に、オバーチャンの誕生会に集まる子供や、その親がどんな暮らしをしているかなんて、急にピアノ引き出した子がおったり、寝てたのに泣き出したり、もうそれでなんかわかるというか、離婚の事情とか、最後の章の書き出しでも、写真の名前見て、ああ、梶本って貞子の男で、こういう奴やんなって。」
「どういうことか、ようわからへんわ。」
「そやから、繰り返し8回写真の名前見て、読んでる読者は昔のホームドラマを勝手に思い浮かべるように、自分の生活とかに浸るように仕組まれてんねんって。」
「地震のこととか、流行りのマンガとかのことはなんで出てくんの?」
「細雪が昭和の初めの歴史やってんから、こっちは平成の歴史でっせって」
「それって、インチキくさくない?」
「うん、舞台背景、書割っていうやろ、それしかない。まあ、それも、通俗ちゃあ通俗やねんけど。個々の登場人物の気持ちの描写ってステロタイプやろ。その人物らしいこと、その事件らしいことだけ書かれてて、他には、ほぼ、なにも書いてへんねんけど、そやから、みんな同感できんねん。名前と年齢だけ見て読者が考えてくれる。写真には名前と年齢しかないからイメージは読み手の自前。だから、リアルやねん。」
「でも、読み終わっても、何にも残らへんやん」
「残ったら、ウザイやろ。この作品は読者の30年間の平和な夢なんやから。これ、かなりなたくらみや思うで。」
 と、まあ、老人だから、そう思うにすぎないかもしれない意味不明な会話でしたが、なんというか、「細雪」との隔絶は近代文学の終焉どころの話ではなさそうです。ひょっとして、「文学」以外のジャンルでは当たり前の現象に過ぎないのかもしれませんね。
 勝手な言い草ですが、広告会社が「感動」とか「同感」とかの「肝」みたいなもの集めて、それを、それぞれの「事件」の「リアル」として構成するためだけのアイデアをひねって生まれてくる「作品」というのが、「自然」な「情感」にフィットするという、恐るべき時代が始まっているのでしょうね。

 それにしても「ちくま」の連載だったということが、それはそれで感慨深かった読書でした。お暇な方におススメです。(笑)

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最終更新日  2021.08.16 00:38:30
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