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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2021.09.29
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​​週刊 読書案内 尾崎真理子「現代日本の小説」(ちくまプリマー新書)
 詩人の谷川俊太郎に対するインタビュー集「詩人なんて呼ばれて」(新潮社)のインタビュアーをしていた尾崎真理子という人が気にかかって手に取った本がこの本でした。
 「現代日本の文学」(ちくまプリマー新書)です。
 1987年から、本書が出版された2007年の20年間の「現代日本文学」について、感想を交えながら「年表」化、あるいは「文学史」化して、エピソードを紹介解説した著書でした。
 著者の尾崎真理子1959年の生まれで、1992年に読売新聞の文化部に配属され、2020年に退職したときには文化部の次長さんだったようですが、現在は早稲田大学の教授さんのようです。
 尾崎さん「文学史」の肝「1987年」という年を「終わり」と「始まり」に設定したことだと思います。
 本書のプロローグに、1987年とは、二葉亭四迷が本邦初の言文一致体小説「浮雲」を発表してから、ちょうど100年目にあたることを指摘しながら、第1章「一九八七年、終わりの始まり」と題して、こんなふうに書き出しています。
 ここでは四人の人物の紹介を引用します。一人目は「ばなな伝説」の始まりと小見出しをつけてこの方です。​​
​ 「受賞者は吉本さんの娘らしい」
 一九八七年九月十六日。午後七時頃に第一報は飛び込んできた。応募書類の住所に見覚えがあった編集者が気付いたのだという。東京・文京区内の自宅に急行した読売新聞文化部の先輩記者に、吉本夫妻は、「どうぞ。娘は浅草のアルバイト先から三十分もすれば戻ってきますから」。そんなふうにのんびり応じたという。よしもとばなな伝説は、この日から始まった。
 文芸雑誌「海燕」の今年の新人文学賞に、詩人、評論家の吉本隆明さんの二女吉本真秀さん(23)が入選したことが十六日明らかになった。
 「吉本ばなな」という人を食ったペンネームで応募した受賞作「キッチン」は原稿用紙六十八枚。祖父母に育てられ、台所の冷蔵庫のそばにいる時が一番心が休まるという孤独な少女が、祖父母の死後、友人の家庭に引きとられる。その家で、友人の母親として親し んだ女性が、実は女装の男だった―という奇妙なストーリー。(P13~14)​​
 ​二人目が、今や「世界の村上」村上春樹「ノルウェイの森」です。
​​ 一九八七年九月十七日。「100パーセントの恋愛小説」。その帯の文章も赤と緑の上・下巻の装丁案も作家自身が手掛けたという、村上春樹(当時38歳)の書き下ろし長編『ノルウェイの森』が全国の書店に平積みでお目見えしたのは、その一週間前、九月十日のことだった。初版は講談社の文芸書としても異例の二十万部。
 ― ハンブルグ空港に着陸する直前の飛行機のなかで、BGMとして流れてきたビートルズの「ノルウェイの森」によって、三十七歳の男性主人公が、不意に記憶をかき乱されることころから、曲と同名のこの物語は始まる。(P14~15)​​
​ 三人目が、さて、この方は「始まり」を象徴するのか、「終わり」の人なのか。まだ「ノーベル賞」はとっていませんが、デビュー作「奇妙な仕事」を​東大新聞に発表したのが1957年です。30年後の大江健三郎です。
​​​ 翌十月、戦後を生きてきた知識人の精神的自伝ともいうべき書き下ろし長編が発表された。大江健三郎(当時52歳)の『懐かしい年への手紙』。同年末の文芸作品の回顧記事で1987年の収穫として批評家各氏が多く挙げ、今日でも大江の代表作の一つとして名高い。だが、当の大江は、発表当時の忘れられない光景を次のように語るのだ。
〈『懐かしい年への手紙』が出た直後、沖縄だったと思いますが、地方に出掛けていて、気になりますから東京に戻るとすぐ大きい書店に行ってみた。そうすると平積みされているのが一面、赤と緑のきれいな装丁の『ノルウェイの森』で、私の本はその奥から恥ずかしそうにこちらを見ていた(笑)。非常に印象深いんです。そう小説が読まれる機運の転換が。〉(P15​)​​​
 ​そして、もう一人、新しく始まったのは「小説」の言葉だけではありませんでした。
​​ ​五月。前年に短歌の芥川賞ともいわれる第三十二回角川短歌賞を受賞した歌人、俵万智(当時24歳)の『サラダ記念日』が河出書房新社から初版三千部で出版されると、直後から問い合わせが殺到し、ベストセラーリストのトップに躍り出た。
〈「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの〉
〈万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校〉
 若い国語教師の第一歌集から、現代短歌の口語化が一気に加速した。歌壇のみならず、文学史上の事件になっていった。(P17~18)​​
 いかがでしょうか、​1987年​、すごい年だったのですね。世界文学の動向を知りませんから、まあ、日本文学という、範疇に限ればという面はあると思いますが、同時代に30代だった目から見て、なるほどなあと感心しました。
 引用箇所が日付で始まっているのは、著者である​尾崎さん​が、新聞紙上に載った記事の引用で、解説を進めているせいなのですが、ここから20年、実にジャーナリスティックに「新しい文学」と、終わったのかもしれない「古い文学」が対比されて、紹介、解説されていきます。
 2000年を超えたあたりに現れる​​「蹴りたい背中」綿矢りさ​​​​「蛇にピアス」金原ひとみ​​を次の画期として、IT化、デジタル化が、さらに「新しい文学」の方向性として論じられて「現代日本の小説」史は幕を閉じます。「簡にして要を得た」というべき内容で、同時代を生きてきた人間には、とてもよくできた見取り図でした。
 ただ、不思議なことは、この本が「ちくまプリマ―新書」一冊に入れられたことです。果たして、この本が出版された2007年当時の高校生はこの本を読んだのだろうかということでした。
 当時、図書館係だったゴジラ老人には、棚に並べたこの本を手に取った高校生の記憶が全くないのです。「アーカイブ」という言葉が流行りはじめた頃でしたが、「イイネ!」の前に「歴史」が廃れる時代が始まっていたのでしょうか。
 本書の帯には、「激変した日本人の感受性」とありますが、ひょっとしたら「ばなな」「春樹」も過去かもしれないと感じる読後感でした。

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最終更新日  2024.01.04 10:22:17
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