斉加尚代「教育と愛国」元町映画館 コロナが蔓延していて、外に出ることを控えていますが、なんだか評判らしい「教育と愛国」というドキュメンタリーに引き寄せられて、元町映画館までやってきました。
小学校の教室のシーンから始まりますが、戦後教育の柱であった教育基本法の廃止は2006年でしたが、それ以降、国家主義的な教育の押し付けがいかに浸透してきたかというプロセスを、当事者のニュース・フィルムやインタビューでたどったドキュメンタリーでした。
現場の当事者であったこともあって、それほど驚くような発見はありませんでした。
ぼくは1980年代の始めに新任教員として県立高校で働きはじめましたが、卒業式での「君が代」斉唱と「日の丸」掲揚が県立学校の現場に一律に強要された年でした。
「校長、君が代の君は天皇であって、それ以外の人物をさすなんて言う解釈は、明治以来、どんな学者さんでも成り立ちませんよ。どうして、天皇の世を讃える歌を卒業式で歌わなければならないのか、あなたは生徒たちに説明できますか?できないのなら、無理に歌わせたりするのは教員としてやめるべきです。」
日頃、政治的発言など口にしたことのない国語科のベテラン教員、所属した学年の副主任だった方のこんな穏やかな口調の発言を映画を見ながら思い出しました。そのころは、まだ、「日の丸」・「君が代」が職員会議の議題、職員の賛否の対象だったのです。その後、県教委は職員会議での賛否を禁止する通達を出し、議題をすべて校長専権事項にしました。教育現場での「民主主義」なんて、とっくの昔に影も形もないのが現実です。
ぼく自身は、そもそも、国家とか愛国とかを標榜する政治も政治家も、まあ、教員であろうが、普通の市民であろうが、ただ、ただ、感覚的に嫌いなのですが、現実の学校現場には「東大一直線」の小林某とかへの信奉をひけらかしたり、くだらない、はっきり言ってしまえば、ただの国家主義・全体主義、帝国主義への個人的な「愛」に過ぎない薀蓄をおためごかしに生徒に語る教員が、複数いることも、まあ、よく知っているわけですし、90年代の終わりに法制化された日の丸・君が代が大手を振って導入され、学習指導要領の順守とかで、学校や授業への国家主義的な介入が常態化している現実を、数年ぶりに、もう一度思い出させてくれた、実に、
不愉快な映画!(笑)
でした。
画面に出てくる政治家も、役人も、学者も、「愛国」を背負って「反日」とかいう脅し文句を手に入れた結果でしょうか、強いものに媚びるすべだけで生き延びているヨイショ族の常套でしょうか、妙な上から目線で、実にエラそうにしゃべる人物ばかりなのが記憶に残りました。
特に繰り返し登場する、インチキ集団の頭目と思しきアベ某は大衆扇動家・デマゴーグの本性の卑しさがちょっと抜きんでいましたが、税金で葬式をされるという話題の当事者が、調子にのって「日本という国に自信を持つ事で自信を持たせる!」などと煽っている映像は、ちょっとホラーな気が漂っている不気味さまで感じさせてくれました。
見終えて思ったのですが、せっかくなので、葬式の話と一緒に湧き上がってきた、インチキ・カルトとの関係を人物ごとにテロップででも付け加えれば、映画に登場する「アベ一族」の正体がもっとあからさまにわかってスリリングだったかもしれませんね。たとえば、元東大教授伊藤某などは、まあ、大したインテリなのでしょうが、岸某の回顧談や、笹川某の評伝の著者であるわけですし、そのほかの登場人物たちの、おそらくほとんどが金と票の為なのか、ホントに信じているからなのか知りませんが、ずぶずぶの関係であることが、たぶん間違いないに違いないのですからね。
まあ、そうだからといって、胸がすくわけでもないのですが、インタビューに際して、あくまでも低姿勢を通し、これだけ「ふゆかい」なドキュメンタリーに仕上げた
監督斉加尚代の根性!
に拍手!でした。
監督 斉加尚代
プロデューサー 澤田隆三 奥田信幸
撮影 北川哲也
照明・録音 小宮かづき
編集 新子博行
朗読 河本光正 関岡香 古川圭子
語り 井浦新
音響効果 佐藤公彦
キャスト
吉田典裕
池田剛
吉田裕
伊藤隆
松浦正人
平井美津子
牟田和恵
2022年・107分・G・日本
2022・08・01 -no94・元町映画館no140