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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2023.05.30
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小澤實「芭蕉の風景」(ウェッジ)
​​​​​​​裸にはまだ衣更着の嵐かな 芭蕉​​​
 ​​​​​​俳人(?)小澤實という人の「芭蕉の風景」(ウェッジ)という上・下巻ある本の上巻を、半年がかりで読んでいます。で、ようやく200ページを通過して、ちょうど二月の句が出てきたので、途中経過の報告です。​​​​​​
​​​​​​ と、まあ、こんなふうに案内を始めたのが二月の末でしたが、今日は、五月三十日です。なんでそうなったのかというと、本書の中で、芭蕉​この句​について小澤實がこんな事を云って、この句の解説と鑑賞を始めていたからです。​​​​​​​​
​ 芭蕉の弟子、支考が師の句文を収集した『笈の小文』という書には、掲出句についての芭蕉「増賀の信をかなしむ」という言葉が記録されている。平安時代の高僧増賀の信仰心を愛おしむという意味である。増賀という僧を知らないと、掲出句は理解できない。芭蕉も愛読していた、鎌倉時代の仏教説話「撰集抄」冒頭にエピソードが載っている。(P208)​
​​​​ ​​​​ここを読んで、ボクはなにを始めたかというと、「撰集抄」を探し始めてしまったわけですね。
​​​増賀上人って?、撰集抄って?​​​​
​ というふうにウロウロして、書きかけの案内のことを忘れてしまったというわけで、3ヵ月後の今日にになって、ようやく、
​​​​ああ、そうだ!
​ ということなので、悪しからずというわけです(笑)。​​​​​​
 小澤實という人は​「名句の所以」(毎日新聞社出版)​という本で偶然、知りました。で、これまた偶然、市民図書館の新刊の棚で見つけたのが「芭蕉の風景 上」という、この本でした。松尾芭蕉の句の
風景を訪ねて、あれこれ語った上で、自分の句を読むという企画らしいですが、芭蕉とか知っているようで、実は、全く知らないくせに、高校生には知ったかをかましていた元国語教員には、斬鬼とかいう言葉を思い出させながらも、目から鱗というか、もっと早く出会いたかったと思う本でした。
 目次を紹介すれば、こんなふうです。
目次

第1章 伊賀上野から江戸へ

 京は九万九千の花見哉
 うち山や外様しらずの花盛 
 山は猫ねぶりていくや雪のひま ほか

第2章 野ざらし紀行

 霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き
 猿を聞人捨子に秋の風いかに
 道のべの木槿は馬にくはれけり ほか

第3章 笈の小文

 星崎の闇を見よとや啼千鳥
 寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
 冬の日や馬上に氷る影法師 ほか

第4章 更科紀行

 木曾のとち浮世の人のみやげ哉
 俤や姨ひとりなく月の友 
 吹きとばす石はあさまの野分哉 ほか
​ 九十数句の句が表題になっていますが、まあ、それだけの場所を訪ねる旅の紀行文でもあるわけですし、参考句を入れれば二百句近い芭蕉の句、加えて、彼の周辺の俳人たち句の鑑賞にもなります。かなり、重厚な​「蕉門俳諧」​の教科書という趣でもあるわけです。
 そうそう、忘れてはいけないことは、小澤實自身の旅先での句が、それぞれの旅の句として二句づつ読まれているわけで、例えば、
​​​西行の庵もあらん花の庭 芭蕉​​​​
​​​​ 訪ねて、江戸の内藤露沾(ろせん)邸跡地の訪問が、上巻最後の旅なのですが、そこで詠まれている小澤實の句はこんなふうです。​​​​
閻魔坂くだりゆきたる椿かな
墓地の端椿ももいろひとつ咲く
​と、まあ、そういう本なのですが、最初に引用した増賀上人にかかわる句の話の続きが気に掛かっていらっしゃると思うので引用します。
 増賀上人は比叡山延暦寺の根本中堂に千夜籠もるという修業をした僧である。さらなる悟りを求めて、神宮に参詣する。神に祈って眠ったところ、夢に神が現れ「道心をおこそうと思ったら、自分の身を自分のものと思うな」というお告げを受ける。目覚めてから上人「これは名利を捨てよということに違いない」と思って、来ていた衣を脱いで乞食にみな与えてしまった。下着も着けず、まったくの裸で、伊勢から帰り、修行していた比叡山に登る。
 「名利を捨てる」ということと着衣を捨てるということを直接に結び付け、実際に実行してしまう上人には魅力がある。比叡山では悟りを得るのに千夜かかっているが伊勢では一夜にして得られている。伊勢の神のありがたさをものがたるエピソードでもある。僧と神とが伊勢という場で出合っている。神仏習合の一事件でもある。
 芭蕉は伊勢を去るにあたって、増賀のことを思い出していた。「上人のように着衣を捨て去りたいが、二月は裸になるにはまだまだ寒い、いまだ重ね着がふさわしい季節。嵐も吹きすさんで、つらすぎる。」という句意になる。増賀の精神の気高さに打たれつつも、生身の世俗の人間としてはついていけないところをはっきりと示しているところがおもしろい。
 「衣更着」季語。旧暦二月の名称「きさらぎ」の語源説の一つとして、「まだまだ寒いので、着物をさらに着る」からというものがある。そこから「衣更着」という字が当てられているのだ。(P209)
​ で、付け加えられるのが伊勢神宮の解説です。
 明治の初めまで、は、宇治橋を渡り正殿の前で参拝することは許されなかった。が死の穢れに触れることが多いためであるという。芭蕉「野ざらし紀行」には伊勢参宮の際、僧体であったため、神宮に入ることを拒まれたとことが明記されている。増賀も、西行も、五十鈴川を隔てて、正殿を拝することのできる高みにあった僧尼拝所から拝したらしい。その場所の存在を矢野憲一著「伊勢神宮」(角川書店)によって、帰宅後知った。同著によれば、現在、僧尼拝所のあった場所にはなにも残されていないというが、その位置から正殿を遠く拝してみたかった。芭蕉を訪ねる旅としても、神仏習合を考える旅としても必要だった。
ン中略
 『笈の小文』の旅においては、神前に入ることを拒まれたのか、許されたのか、芭蕉ははっきりと書いていない。しかし、掲出句の存在は、拒まれたことを意味しているのではないか。増賀と自分とを重ねる立場は、姿は同じ僧体であることをはっきりと意識している。伊勢に来て、神社、神道的なものばかり詠むのではなく、あえて僧を詠む姿勢がおもしろい。芭蕉は神前に入ることを拒まれたことによって、自分が伊勢という土地にとって、僧体の異物であることを意識している。その意識を積極的に楽しみつつ、神道と仏教との出合という奇蹟に目を瞠っている。
​ で、最後にあるのが小澤實の二句です。​
さざんかや増賀上人立ち走り 實
神域をむささび飛べる月夜かな
​ 長くなりましたが、まあ、こういう本です。毎日、一句か二句、3ページか、4ページ、楽しみで読んできましたが、いよいよ、新たな予約者の出現で、市民図書館から返却せよとの連絡が来てしまいました(笑)。で、大慌て、大急ぎで案内しました。
​ 上巻は返却しますが、小澤さんの旅はまだまだ続きます。そういうわけで、ボクは下巻を借り出すことになりそうです(笑)。​
追記2023・05・30
​​​​「撰集抄」「増賀上人」の説話です。宇治拾遺にもあったような気がします。​​​​
 昔、増賀聖人といふ人いまそかりけり。
 いとけなかりけるより、道心深くて、天台山の根本中堂に千夜こもりて、これを祈り給ひけれども、なほ、まことの心やつきかねて侍りけん、ある時、ただ一人、伊勢大神宮に詣でて、祈請し給ひけるに、夢に見給ふやう、「道心を発(おこ)さんと思はば、この身を身とな思ひそ」と示現を蒙り給ひけり。
 うちおどろきて思すやう、「『名利を捨てよ』とにこそ、侍るなれ。さらば捨よ」とて、着給へりける小袖・衣、みな乞食どもに脱ぎくれて、一重なるものをだにも身にかけ給はず、赤裸にて下向し給ひけり。
 見る人、不思議の思ひをなして、「物に狂ふにこそ」、みめさまなんどのいみじさに、「うたてや」なんど言ひつつ、うち囲み見侍れども、つゆ心もはたらき侍らざりけり。
道々物乞ひつつ、四日といふに山へのぼり、もと住み給ひける慈恵大師の御室に入り給ひければ、「宰相公の物に狂ふ」とて見る同法もあり。また、「かはゆし」とて、見ぬ人も侍りけるとかや。
 師匠の、ひそかに招き入れて、「名利を捨て給ふとは知り侍りぬ。ただし、かくまで振舞ふは侍らじ。はや、ただ威儀を正して、心に名利を離れ給へかし」といさめ給ひけれども、「名利を長く捨て果てなんのちは、さにこそ侍るべけれ」とて、「あら、たのしの身や。おうおう」とて、立ち走り給ひければ、大師も門の外に出で給ひて、はるばる見送り侍りて、すぞろに涙を流し給へりけり。
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最終更新日  2023.05.31 01:39:23
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