メーサーロシュ・マールタ「アダプション/ある母と娘の記録」元町映画館 2023年、7月の初旬、元町映画館でやっていた<メーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命>というプログラムの初日に「アダプション/ある母と娘の記録」という1975年に作られたハンガリーの映画を見ました。 中年の女性と、高校生くらいの少女の出会いと別れが描かれていました。高校生くらいの少女の名前はアンナ、親に見捨てられているようで、日本でいえば教護施設でしょうか、寄宿学校で暮らしているようです。その少女が校外学習、放課後の外出だかの機会に、中年の女性を訪ねます。恋人との逢瀬のための場所を探してのことのようです。
一方、中年の女性ですが、名前はカタ、木工工場の労働者で、一人暮らしです。夫とは死に別れたようで、妻子のある男性と付き合っています。子どもはいません。
で、カタはアンナを受け入れます。友情というより、母と娘、あるいは、保護者と少女、ひょっとしたら、女の女の感覚のようです。
邦訳の題名にあるとおり、「ある母と娘」の、それぞれの女性の孤独の記録でした。題名のカタカナの方の「アダプション」というのはビジネス用語としては「採用」とからしいですが、「養子縁組」という意味もあるようで、この映画ではそちらでしょうか?
映画の中で、カタはアンナに養女になることを求めますが、アンナが断ります。親から捨てられたアンナは、自らの存在の在り方を、同性で年上の理解者としていたわり、許してくれるカタを信頼し愛しますが、「親子」になることは拒否します。
カタの思いを考えれば、切ない拒絶ですが、理解できる気がしました。一方、アンナに拒絶されたカタは、あくまでも、子どものいる生活を手に入れるべく「アダプション」、養子縁組の機会を求めて奔走しますが、そのカタの執着がこの映画のわからないところでした。
見終えて帰って来て知ったことですが、1975年のベルリン映画祭で金熊賞の作品だったそうです。で、その年のベルリンの主演女優賞が「サンダカン八番娼館 望郷」の田中絹代だったと知ってナルホド!と、膝を打つ気分でした。
「サンダカン八番娼館 望郷」という映画は、熊井啓という男性の監督の作品ですが、学生だったボクが映画を見始めたころの傑作で、高度経済成長で浮かれ始めた「戦後社会」が見捨てていた、イヤ、今も見捨て続けている女性の姿を描いていたと思いますが、ルポライター役の栗原小巻が手渡したタオルに頬ずりする田中絹代の歓びのシーンと、帰国した故郷で、壁越しに漏れ聞こえる「カラユキさん帰り」に対するうわさを聞いた高橋洋子が風呂で溺れ死のうとするシーンは、50年近くたった今でも忘れられない作品です。
で、その映画が作られた同じ年に、ハンガリーで暮らしていた女性監督が、共産主義社会を生きる二人の女性を描いていて、同じコンペティションで評価を争っていたというのも驚きでしたが、今日のスクリーンに映って二人の女性(べレク・カティとビーグ・ジェンジェベール)と、50年前に見た二人の女性(田中絹代と高橋洋子)が、どこかで重なり合う印象が心に残りました。
田中絹代と高橋洋子は、同一人物を演じていたわけで、この映画のべレク・カティとビーグ・ジェンジェベールとは設定そのものが異なりますが、それぞれ、社会の中で生きる女性という映画の視点は共通していると思いました。
69歳の老人は1975年という、ある時代があったことをしみじみと振り返るのですが、あの時芽生えた「性」、ひいては、「生」をめぐる問題意識の芽は育ったのでしょうか。まあ、そんなことをフト考える発見でした。
べレク・カティとビーグ・ジェンジェベールという二人の女優さんとメーサーロシュ・マールタという監督に拍手!でした。
実は、この特集では、日程を勘違いしていて、この1本だけしか見ることができなかったのが、かえすがえすも残念でした。ボケけてますね(笑)。
監督 メーサーロシュ・マールタ
脚本
メーサーロシュ・マールタ
ヘルナーディ・ジュラ
グルンワルスキ・フェレンツ
撮影 コルタイ・ラヨシュ
キャスト
べレク・カティ
ビーグ・ジェンジェベール
フリード・ペーテル
サボー・ラースロー
1975年・88分・PG12・ハンガリー
原題「Orokbefogadas」
2023・07・08・no86・元町映画館no182
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