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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2023.10.30
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​山折哲雄「わが忘れえぬ人びと」(中央公論新社)
 ​​​​​​​​​​山折哲雄という人は1931年生まれの宗教学者です。90歳をこえておられる方です。90年代、だから30年くらい前に、宮沢賢治とか親鸞とかについて論じておられるのを読んだ記憶がありますが、市民図書館の棚に2023年5月新刊本「わが忘れえぬ人びと―縄文の鬼、都の妖怪に会いに行く」(中央公論新社)を見つけて借りてきました。​​​​​​​​​​
​​ 縄文の鬼が都の妖怪に会いに行くのかと思って借りたのですが、
​縄文の鬼や都の妖怪に会いに行く話​​
​ でした。​​
​​​​​​​​​​​ ボクなりに一言でまとめれば、ゴッホになるといった版画家、棟方志功古寺巡礼写真家、土門拳ユング派河合隼雄梅原史学の巨人梅原猛に、卒寿を越えた山折哲雄が会いに行った話、まあ。誰が鬼で、誰が妖怪なのかは読んでいただくとして、その4人をめぐる論考を集めた本ですが、目次に書きましたが、以前の論考に書き加える形でまとめられた文章です。ボクは、もともとの出展を読んでいるわけではないので面白く読みました。​​​​​​​​​​​
​​​​​ 個人的な理由ですが、なかでも面白かったのは河合隼雄「無意識」をめぐる論考の結末に「ヨーガヴァ―シシュタ」という、インドの物語集のなかからラヴァナ王の話を語っているところです。​​​​​
​​ 長くなるのではしょっていいますが、山折哲雄が例に引くのはラヴァナ王が一人の魔術師の杖の一振りによって不可触民(チャンラーダ)の世界をめぐる夢の世界に入りこみ、夢から覚めた王が現実と夢との境界を失うという話なのですが、その話をまとめるにあたってこういいます。​​
 みてきたように、この物語では二つの現実が語られているように見える。一つは、いうまでもなく主人公ラヴァナ王が王として生きている現実である。廷臣にかこまれて、肥沃な国土を支配している国王の生活である。それにたいしてもう一つの現実が、夢の中で体験した不可触民に身を落とした生活である。
(中略)
 この物語には、われわれが慣れ親しんでいる、夢の世界現実の世界というあの二元論の枠組みが初めからとりはらわれているのではないだろうか。
(中略)

 私はいま、この物語には二つの現実が描かれているといったけれども、しかし考えてみればそれと同じような意味において、そこには二つの幻想世界、もしくは夢の世界が語られているともいえそうである。
 そうなると、いったいどちらが本当の現実なのかといったような問いははじめから成り立たないことになるのではないか。物語の作者は、どうもそのように主張しているように私には思われるのである。
 一つの夢物語を語りながら、その夢の世界がそのまま現実世界にすり替わったり、逆にまたわれわれの現実世界がそのまま夢物語に変貌してしまうという具合に話が展開していく。
 その一種ねじれたような関係が奇妙な違和感を読む者の側にひきおこす。そういう語り口は、フロイトなんかの西洋人の考え方に慣れ親しんだ者の目にはやや異質なものに映るのではないだろうか。
 この物語の作者は、夢(幻想)の世界非現実であるように、夢や幻想をみるわれわれの現実の世界もまた、非現実の一様相であると主張しているようにみえる。
 そしてそのようなものの見方の中にインド人が考えだした「空」の意味は隠されいるのであり、そのことにとりわけ晩年の河合さんは共感していたのだろうと私は想像しているのである。
​​​ ボクが、この部分を、この1冊の本の中で、とりわけ面白いと思ったのは、実は、今、村上春樹の最新作「街とその不確かな壁」(新潮社)読んでいる最中だということにジャスト・ミートする話題だからでした。​​
​​​​​​​​​​​​ 村上の作品は600ページを越える評判の大作ですが、ボクは100ページの手前の第1部で行き詰っています(笑)。壁にかこまれた町と、そこに登場する図書館勤めの青年の仕事が「夢読み!」であるという設定の意図に、なんとなく乗り切れないないまま、あっちの本こっちの映画、という、まあ、得意の徘徊状態のままで、「そのうち、また、読み始めて、前に進むだろう…」という、ちょうど、その時、こっちの本の中に、この引用のインドの夢物語に対する結論部で、山折哲雄「空」という、仏教的な哲学概念を持ち出してきたのに出会ったというわけでした。その上、山折哲雄が論じている相手が、村上春樹といえばの、あの河合隼雄です。​​​​​​​​​​​​
​ というわけで、途中で放り出し掛けていた村上君に会いに帰ることができそうな予感で、この本を閉じたというわけですね。​
​​​​​​​ もっとも、この本で話題になっている棟方志功にしろ、土門拳にしろ、版画や写真はボクでも知っていますが、論じられている文章を読むのは初めてということもありましたが、
​「仏に逢うては仏を殺し、師に逢うては師を殺せ」​​
​ という臨済禅の言葉をカギにしての立論は刺激的でしたし、梅原猛について、もともと好きということもあって、面白く読みました。卒寿を迎えた著者あとがきでこう書いています。​​​​​
 米寿とか卒寿とかいわれると、かつての還暦とか古稀の場合とは打って変わり、むしろ銀河鉄道の各駅停車に乗って、ゆっくり周囲の景色を楽しみながら旅をしている気分になっていた。時間がゆるやかに流れ、過ていったはずの光景が何ともなつかしく蘇ってくる。梅原さん河合さんの立ち居振舞いが棟方志功土門拳のシルエットと重なり合い、たがいに対話している姿までみえてきた。それがまた私の心のうちに不思議な元気を誘い出し、思いもしなかった恍惚感に包まれるようになってきた。(P184)
​ ​というわけで、乞う、ご一読ですね。一応、目次を載せておきますね。​
目次
1 棟方志功 板を彫る(血噴きの仕事;「二菩薩釈迦十大弟子」 ほか)「教えること、裏切られること―師弟関係の本質」(講談社現代新書)加筆
2 土門拳 闇を撮る(筑豊の子どもから奈良の古寺へ;肉眼はレンズを通して、レンズを超える ほか)「見上げられた聖地」(新潮社)加筆
3 河合隼雄 夢を生きる(臨床心理士と宗教家;聴く人の背中 ほか)「夢とそら」(イマーゴ臨時増刊+書き下ろし)
4 梅原猛 歴史を天翔ける(絶滅危惧種の王座に坐る;梅原さんとの出会い ほか)「梅原猛さんの世界」増補・加筆
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最終更新日  2023.11.14 00:50:58
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