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カテゴリ:映画「パルシネマ」でお昼寝
熊切和嘉「658km、陽子の旅」 パルシネマ 熊切和嘉監督の最新作、「658km、陽子の旅」を見ました。パルシネマが企画した「父娘映画」2本立ての1本でした。もう1本が「高野豆腐店の春」です。 両方とも、シネ・リーブルでの封切りが今年(2023年)の夏でした。その時、どうしようかなと考えたのですが、なんとなくパスしました。特に「陽子の旅」は、チョット贔屓にしている熊切監督の作品なので、かなり惹かれましたが、予告編を見て、「なんだかめんどくさそう・・・」だったので躊躇しました。で、秋になって、早速のパルシネマ企画です。これは見ないわけにはいきませんというわけで、ホイホイやって来ました。 で、映画は始まりました。カーテンを閉めた暗い部屋で、パソコンのトラブルに舌打ちしたり、通販の荷物を受け取り、部屋に運び込みながらスマホを壊したり、ベッドでユー・チューブか何か見ながら寝てしまったりの女性が映っていました。この方が陽子(菊地凛子)さんらしいですね。 なんとなく、どこかで見覚えのあるお顔なんですが、よく知りません。で、なぜだかわかりませんが、ボクは、そのシーンで、白けてしまったのですね。 そこから従弟の竹原ピストルくんがやって来て、父親の死を知らせ、まずは彼の自動車で東京から青森に向かう、まあ、ロード・ムービーが始まるのですが、なんとなくノレませんでしたね。 見ながらよかったのは、たぶん弘前の山とか、おそらく、福島でしょうね、その堤防から見える海とか、時々俯瞰で挿入される高速道路とか被災地の風景、それから登場人物では、ヒッチハイクをしている、まあ、陽子と行きずりで出逢う少女見上愛が、その身の上について 「いってもなあ・・・」 と言い切った、時の表情とその一言とか、被災地の老夫婦を演じた風吹ジュンの笑顔でしたね。まあ、ボクの好みですが。 菊地凛子さんが陽子を熱演していたことは認めますが、いいと感じたのは寝顔だけでした。結局、彼女自身に心情を語らせないと映画が成り立っていないのが、熱演を帳消しにしてしまった印象が残りました。 彼女が波をかぶる海辺のシーンも、時々登場する彼女の父親、オダギリジョーくんの幻影も、インチキ野郎との濡れ場も、上滑りしている印象しか残りませんでしたね。 物語を語るために、何が必要なのかというところで、ボクがズレているのかもしれませんが、映画の作り手は、現実の社会と、そこで生きている陽子の内面(?)について、リアル(?)な行為のシーンや、象徴的な夢や幻覚のシーンが必要だと考えておられるのだということが、透けて見えてしまうのがこの映画のつまらなさだと感じました。 たとえば、老夫婦との別れのシーンで、陽子が二人と手を握り合う美しいシーンがあるのですが、その後、やっとのことでたどり着くはずの葬儀場で、彼女がどんなふうに父親の遺体と出会うのかということを、あのシーンで暗示しているつもりで映画が作られているとすれば、陽子の「父との葛藤(?)」の深さに映画は届いていないとボクは考えますが、さすが熊切和嘉ですね、出会わせませんでした。 語れないことは語らない! まあ、そういう覚悟のようなものを失って「わかりやすい」ことを求めているかの様相を呈している、今の日本映画を覆っている退廃現象の、なんとか、一歩手前で、ラスト・シーンになって、ようやく、踏みとどまったかに見える熊切和嘉には、 「まあ、ぎりぎり、こらえたろ(笑)」 の拍手!でしたね(笑)。 ボクは、この監督に、わけのわからない無言のシーンや風景描写の美しさを期待しているのですが、むずかしいようですね(笑)。 監督 熊切和嘉 原案 室井孝介 脚本 室井孝介 浪子想 撮影 小林拓 編集 堀善介 音楽 ジム・オルーク キャスト 菊地凛子(工藤陽子) 竹原ピストル(工藤茂・従弟) 黒沢あすか(立花久美子・最初に乗せてくれた人) 見上愛(小野田リサ・行きずりの少女) 浜野謙太(若宮修・インチキ野郎) 仁村紗和(八尾麻衣子・被災地で暮らす姫路の女性) 篠原篤(水野隆太・黙って乗せてくれた人) 吉澤健(木下登・被災地の老人) 風吹ジュン(木下静江・登の妻) オダギリジョー(工藤昭政・父の幻影) 2022年・113分・G・日本 2023・11・17・no140・パルシネマ72まt ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.11.18 16:37:39
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