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カテゴリ:読書案内「現代の作家」
乗代雄介「旅する練習」(講談社・講談社文庫) 本日の案内は乗代雄介という、1986年生まれですからまだ30代の作家の、「旅する練習」(講談社・講談社文庫)です。2021年の三島由紀夫賞受賞作品で、その年の芥川賞の候補にもなった作品のようです。知らなかったのはボクだけで、有名な方かもしれません。
こんな書き出しです。 亜美の中学受験は無事に終わった。学力もぎりぎりのところで周囲も心配していたが、本人の楽観と勉強への身の入らなさはそれ以上で、塾に行く以外の勉強はほとんどしなかったと聞いている。 書き手は「私」、職業は「作家」。中学受験をした亜美という少女は「私」姉の娘で、だから姪っ子です。女の子ですがサッカーが大好きで、叔父さんの「私」は、彼女の練習相手です。そういうわけで、亜美ちゃんは女子のサッカー部がある私立中学を受験して、無事合格したようです。 時は、2020年の3月ですが、これが、読み手の世界の実時間に重ねられていて、受験を終えた小学生の亜美ちゃんの、卒業までの最後の一月が、コロナ騒ぎの始まりと重なっていて、学校からのこんな連絡ですることがなくなります。 臨時休校期間 で、「旅」です。関東地方の地名で、具体的には思い浮かびませんが、安孫子という町から、アントラーズというサッカー・チームの本拠地、鹿島という町まで、利根川の堤防を歩く旅、ロード・ムービーならぬロード・ストーリーの始まりです。 題名から、 「旅」をするための「練習」か? と思って読み始めましたが、亜美ちゃんは移動のあいだ、ずっとボールを蹴って歩いています。リフティングっていう、あれですね。作家である「私」は、休憩の度にノートに「目に見える風景」とか「鳥」とかについて「文章」を書いています。 「リフティング」と「描写」の練習をしながらのロード・ストーリーの始まりというわけです。コロナで、学校もお休みになり、することのなくなった小学6年生と、もともと暇そうな叔父さんの 「練習」の旅というわけです。 三月九日 11:40~12:12 これが旅の初日の文章です。まあ、こんな調子の「練習」成果が記録されていきます。最後の数字は亜美ちゃんのリフティングの数ですね。 三月十四日 14:07~15:15 257 旅の終わりの日です。文章の方の記録の内容は省略しますが、257回、新記録で旅は終わります。 で、ここまで読み終えたボクは、 あれ? 何か変なところがあったな。あれは、なんだったんだ? と、ふと気になる箇所にもどりました。三月十三日ですから、この日の前日あたりに挿入されていた文章です。そこまで、旅の時間の流れに沿って記述されていた「小説」が、ここらあたりだけ、未来の時間で書かれていたところです。 私は二カ月以上経った後でまたこの場所を訪れ、あの時三人で立っていた場所に今度は一人で座り、忘れ難いその時のことを必死に思い出しながら書いた。 あたかも、出来事と同時にここまで進行しているかの小説が、全て終わった後に書かれているという暗示です。 「えっ?この旅の後なにかあったの?」 三月十四日の記録のページにもどったボクは、残り数ページの結末部分を、そんな期待を持ちながら読み終えました。 あの旅について書かなければと私は思う。 という記述の意味がよくわかる結末でした。 で、この、五月二十六日の記録の挿入が、この小説の評価を、おそらく二分させるに違いないというのが読後の感想です。 小説家の「私」は、なぜ、この記録を書かねばならないと思ったのか。結末までお読みになれば一目瞭然だと思うのですが、164回の芥川賞の最終候補に残ったこの作品について、選者の小川洋子は 「文学とは何なのか、を追い求める小説になっている。」 といい、同じく選者の山田詠美は 「そして、結末は……私には、たくらみが過ぎてあざとく思える。」 と、まあ、真っ二つなわけです。 お二人とも、さもありなんですが、ボクは、どっちかというと山田詠美さんの バッサリ!に1票でしたね(笑) 皆さんはいかがでしょうね(笑)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.21 14:05:46
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