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カテゴリ:読書案内「現代の作家」
市川沙央「ハンチバック」(文藝春秋社) 今日の読書案内は、2023年の夏、ボクの見立てでは
「文学」とは何か?! という、まあ、いわば基本的な「問い」を投げかけたことが理由なんだろうなということで話題になった芥川賞作品、市川沙央の「ハンチバック」(文藝春秋社)です。 単行本として出版されてすぐに読み終えたのですが、読書案内に感想を書くことをためらっていました。で、先日、三島有紀子という監督の「一月の声に歓びを刻め」という映画を見て、何となく得心がいって、書いてみようかなという気分で、こうして案内し始めています。 まずは、ちょっと、悪口を言うための揚げ足取りのような引用からです。 アメリカの大学ではADAに基づき、電子教科書が普及済みどころか、箱から出して視覚障害者がすぐ使える仕様の端末(リーダー)でなければ配布物として採用されない。日本では社会に障害者はいないことになっているのでそんなアグレッシブな配慮はない。本に苦しむせむし(ハンチバック)の怪物の姿など日本の健常者は想像もしたことがないだろう。こちらは紙の本を1冊読むたびに少しずつ背骨がつぶれていく気がするというのに、紙の匂いが好き、とかページをめくる感触が好き、などと宣い電子書籍を貶める健常者は呑気でいい。EテレのバリバラだったかハートネットTVだったか、よく出演されていたE原さんは読書バリアーフリーを訴えてらしたけど、心臓を悪くして先日亡くなられてしまった。ヘルパーにページをめくってもらわないと読書できない紙の本の不便を彼女はせつせつと語っていた。紙の匂いが、ページをめくる感触が、左手の中で減っていく残ページの緊張感が、などと文化的な香りのする言い回しを燻らせていれば済む健常者は呑気でいい。出版界は健常者優位主義(マチズモ)ですよ、と私はフォーラムに書き込んだ。(P34~35) こう書いているのは井沢釈華と名付けられている小説の語り手であり主人公です。引用個所は、せむし(ハンチバック)の怪物と自称するこの人物の心象の語りで構成されているこの作品の中で、この作品を読むであろう、いわゆる「健常」な読者が暮らしている「日本」という社会に対する、いわば「告発」が語られているわけですが、まだ冷静でわかりよい箇所です。 実は、老化の中で、身体的健常だけを頼りにして暮らしているボクのような人間には、作品のほぼ全体が、辟易するしかない、誇張した自己暴露か、露悪的な健常社会否定としか受け取れない、まあ、 悪態! と呼ぶしかない叫びの連鎖でした。 で、作者市川沙央の履歴を見て考え込んでしまいました。 市川沙央 いちかわさおう 考え込んだ理由は、作品の冒頭から、読み手に向かって「悪態」を吐き続ける井沢釈華という語り手は、ほぼ、等身大の市川沙央として描かれていたことについてですね。 この悪態のどこが「文学」なのだろう? という、まあ、いってしまえば、ストレートな疑問ですね。 問題は、作品そのものに対する作者の在りようを知ったときに浮かんでくる、作者と作品との関係というか、 「書く」という行為の意味 ですね。 ボンヤリ考えているボクに見えてきたのは、一読したボクには文学的昇華とはとても読めないこの作品のテキストの向うに、作家が自らの苛酷な生を肯定するために、 書くという行為に賭ける姿 が垣間見えるのではないか、それはひょっとしたら 文学かもしれない!? のではないかという朧気ながらなのですが、作品肯定の道すじでした。 こういうふうに、頭からこだわりを抜けた原因は、最初に書いたように三島有紀子という監督の「一月の声に歓びを刻め」を見たことにありますね。三島が、その映画を撮った動機は、彼女自身の中にあった「性的暴力」の被害者としての「心の声」ですね。何というか、映画そのものは、もっと上手に伝えられないものなのだろうかと、スクリーンを前にしていら立つ作品だったのですが、映画が訴える監督自身が伝えたいことを考えながらこの小説のことを思い出したからです。 思うに、「露悪的」とも思える悪態の数々は、多分ですが、健常な読者からの、ありがちな、 「同情」の拒否! なのでしょうね。語られている内容のどうしようもなさとは裏腹なのですが、その口調の中に、 かすかに漂うユーモア の中にこそ、読者と共有できるかもしれない、 作家自身の、がけっぷちの「生の肯定」の意思 があるのかもしれませんね。 意見を聞くことができた小説読みの友人は言っていました。 「一度目はうんざりするんだけど、二度目に読むと印象が変わるよ。もう一度読んでご覧なさいよ(笑)。」まあ、当分、読み返すことはないと思いますが、拍手することをためらいながらも、目が離せない作品の登場でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.02.25 18:49:53
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