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カテゴリ:随想
日本赤軍の「魔女」5月28日に20年の刑期満了、ついに出所 今朝の新聞には記事を見なかったが、webニュースで知った。魔女こと重信房子、服役中に癌の手術を複数回受けて闘病中でもあるようだ。あの時代に革命を試みての活動、私など新聞配達しながらの学生生活。最低限の暮らし向きの中で社会人への仲間入りを模索していたわけです。未体験の社会にどう生きて行くのか、ただ日々目の前の事に対処対応しながらでした。とても革命だとか考えられない。ただ銀座で街宣車の上でマイクを握って街頭演説をしていた愛国党総裁、赤尾敏の話はよく聴いたものです。話し方が上手いのでよく聴いたがそれまでだった。今webで赤尾敏の街頭演説動画をみることができるのだろうか、チェックしてみよう。あったありました。「人間・赤尾敏」過去の動画をこの時代は観ることができる。 私が青年と云われた時代、高校生から専門学校生、16〜21歳位までだろうか。 象徴する歌に「若者たち」があった。 何と言ってもショッキングなできごとは三島由紀夫の切腹、介錯斬首の写真が新聞に載った事だった。高3のとき学校の図書館でクラスの仲間と新聞を覗き込んだ。そしてその2年後、連合赤軍の浅間山荘事件。テレビの視聴率が史上最高の数値は未だ破られていない。私はそのころは埼玉県浦和市の岸町4丁目22-4のすみれ荘という新聞販売店にあてがわれたアパートに住んでいた。読売新聞の奨学金として朝の配達の帰りに町内のゴミ出し場に小型のテレビが捨てられていたのを、持ち帰り部屋でアンテナ替わりに電気コードを張り巡らせて微調整していたら、画面から流れてきたのがあの浅間山荘事件の生中継だったわけです。何がどうなるのか進展が生々しいので、そのまま学校を休み夕刊配達時間まで放送を見ることにした。学生の新聞配達仲間とカツ丼の出前を取りながらテレビにかじりついていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/05/27 11:56:43 PM
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