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2005年10月02日
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テーマ:吐息(401)
カテゴリ:カテゴリ未分類

 遅い出発で、鎌倉に着いた頃には、すでに日は傾きかけていた。
 風は心地よいのだけれど、どこか少し湿り気を帯びている。
 久しぶりに江ノ電「のりおり君」を購入し、由比ガ浜で下車。
 目的の吉屋信子記念館を、初めて訪れた。
 以前から鎌倉文学館を訪れるたびに、その道すがらにあった立て札が気になっていたのだけれど、そこはいつも開館しているとは限らなく、ついでに立ち寄るということができなかったのだ。
 今回、行きたいと思う気持ちと開館日がうまく重なった。
 
 ところが、あるはずの立て札がない。
 確かこの路地の先のはずだけどなー、と奥へと歩き進んだ。
 同行の長女は、「暑いよー、この暑さは何ー。一体どこへ連れて行く気?」と、すでに辟易顔を見せた。
 「あるはずなんだ。女流作家の記念館」
 「だれ?」
 「吉屋信子」
 「その人って?」
 実は、わたしだってよくは知らないのだ。
 名前を聞いたことがある程度の知識で、もちろん読んだこともない。
 ただ、なんとなく名前に惹かれるように訪れてみたくなった。

 すると、諦めて引き返そうかと思った頃に、それらしい佇まいの屋敷が現れた。
 「あ、ここだ」
 門をくぐると左手に広い芝生が広がっている。
 
 「素敵な住まいだね」
 瀟洒で隙のない建物である。
 玄関を入ると、その趣がもっと顕著であった。
 日本古来の和と西洋のモダンが違和感なく融合しているのだ。
 ベージュの絨毯を敷き詰められた応接間からは、先ほど左手に見た芝生のお庭を望めた。
 「さすが女流作家の住まいだね」
 ほかに言葉を探せなくて、わたしはそっと長女に耳打ちをした。
 表の芝生に対して書斎から望む裏庭は、もっと広大であった。
 季節の草花や木々がゆったり、そして整然と植えられていたし、その後には深い鎌倉の森を背負い、唸るくらいに贅沢な眺望があった。
 「どうしたって住むことはないだろうけれど、すごいね」
 思い切り目の保養を済ませて、次の目的地へと行動を移した。

 愛してやまない光則寺の境内は、観光客もなく静かだった。
 ホトトギス、彼岸花、赤の水引草、萩などが、盛りを過ぎてすでに色あせていた。
 この時季は、仕方がない。
 それでも凛とした静けさだけは、何よりの趣であった。
 本堂の廊下に二人で腰を下ろした。
 どこかの法事が催されているのだろうか、中から読経の澄んだ声が洩れてきた。
 春には艶やかまでものその容姿を見せてくれたカイドウ。
 初夏、その足元にはハンゲショウが、まるで白い蝶の群のような姿を見せてくれた。
 今は、秋の草花もほぼ終わり、静かな静かな境内の静寂の中にいる。

 「海を見たくない?」
 「いいね」
 というわけで、それから長谷寺を目指した。
 日ごろの運動不足から、やはりここの石段はきつい。
 でも我々は、無数のヨットが浮かんだきらめく海を臨んだ瞬間に、その苦が飛び去るのを感じた。
 「ね。すごいでしょう?」
 「すごーい!」
 長女は何度も声を上げた。
 
 わたしの身体から、少し滲んだ汗がすーっと引くのを感じた。
 





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最終更新日  2005年10月02日 13時41分34秒


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