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テーマ:吐息(401)
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遅い出発で、鎌倉に着いた頃には、すでに日は傾きかけていた。 風は心地よいのだけれど、どこか少し湿り気を帯びている。 久しぶりに江ノ電「のりおり君」を購入し、由比ガ浜で下車。 目的の吉屋信子記念館を、初めて訪れた。 以前から鎌倉文学館を訪れるたびに、その道すがらにあった立て札が気になっていたのだけれど、そこはいつも開館しているとは限らなく、ついでに立ち寄るということができなかったのだ。 今回、行きたいと思う気持ちと開館日がうまく重なった。 ところが、あるはずの立て札がない。 確かこの路地の先のはずだけどなー、と奥へと歩き進んだ。 同行の長女は、「暑いよー、この暑さは何ー。一体どこへ連れて行く気?」と、すでに辟易顔を見せた。 「あるはずなんだ。女流作家の記念館」 「だれ?」 「吉屋信子」 「その人って?」 実は、わたしだってよくは知らないのだ。 名前を聞いたことがある程度の知識で、もちろん読んだこともない。 ただ、なんとなく名前に惹かれるように訪れてみたくなった。 すると、諦めて引き返そうかと思った頃に、それらしい佇まいの屋敷が現れた。 「あ、ここだ」 門をくぐると左手に広い芝生が広がっている。 「素敵な住まいだね」 瀟洒で隙のない建物である。 玄関を入ると、その趣がもっと顕著であった。 日本古来の和と西洋のモダンが違和感なく融合しているのだ。 ベージュの絨毯を敷き詰められた応接間からは、先ほど左手に見た芝生のお庭を望めた。 「さすが女流作家の住まいだね」 ほかに言葉を探せなくて、わたしはそっと長女に耳打ちをした。 表の芝生に対して書斎から望む裏庭は、もっと広大であった。 季節の草花や木々がゆったり、そして整然と植えられていたし、その後には深い鎌倉の森を背負い、唸るくらいに贅沢な眺望があった。 「どうしたって住むことはないだろうけれど、すごいね」 思い切り目の保養を済ませて、次の目的地へと行動を移した。 愛してやまない光則寺の境内は、観光客もなく静かだった。 ホトトギス、彼岸花、赤の水引草、萩などが、盛りを過ぎてすでに色あせていた。 この時季は、仕方がない。 それでも凛とした静けさだけは、何よりの趣であった。 本堂の廊下に二人で腰を下ろした。 どこかの法事が催されているのだろうか、中から読経の澄んだ声が洩れてきた。 春には艶やかまでものその容姿を見せてくれたカイドウ。 初夏、その足元にはハンゲショウが、まるで白い蝶の群のような姿を見せてくれた。 今は、秋の草花もほぼ終わり、静かな静かな境内の静寂の中にいる。 「海を見たくない?」 「いいね」 というわけで、それから長谷寺を目指した。 日ごろの運動不足から、やはりここの石段はきつい。 でも我々は、無数のヨットが浮かんだきらめく海を臨んだ瞬間に、その苦が飛び去るのを感じた。 「ね。すごいでしょう?」 「すごーい!」 長女は何度も声を上げた。 わたしの身体から、少し滲んだ汗がすーっと引くのを感じた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年10月02日 13時41分34秒
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