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カテゴリ:里山の日々
出過ぎた杭は打たれない でもないかもなぁ。 諺に『出る杭は打たれる』というのがあるが、もうひとつ面白いのがある。 昔、知り合いの友人が新しくボランティア活動を始めた。活動を通して気がついたことを、良かれと思って意見を述べたところ、はじめ先輩たちから差し出がましいと煙たがれ無視された。ならばと、めげずに一層機会あるごとに繰り返し意見を言うようにして不承不承話を聞いてもらえるようになったという。彼女の口癖が『出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれない』というもの。 これは気に入っている。機会あるごとに人に薦めたし、自分でも実践してきた。ただ何事もTPOを考えなくちゃぁいけないんだよねぇ。 彼女の置かれた状況は、打つ側がボランティアという共通の価値観と志を持った仲間たちだ。そうした仲間故に出過ぎた杭を打ったらへっこむ前に曲がってしまう危険もあるという判断が生まれたのだろう。だが、どういう場合でも打つ側にこうした判断する力が備わっていて働いてくれるとは限らない。むしろ無いことの方が多い。彼女の場合は、この見極めをした上での出過ぎた杭を演じたのかもしれない。 先日、集落の定例会があり行政区長さんから、よんどころない事情で休むので、代わりに進行をしてくれと依頼された。気軽に承諾したのだが、どうやら差し出がましかったようだ。場の雰囲気がいつもと違う。『あれ!? おかしいなぁ…』 何となくよそよそしくシラーとした雰囲気が漂う。まだ、こちらに来て6年目の新住民だ。こういう時は、『新人ですし他に経験豊かな方がいらっしゃるでしょうから』と断るべきところだった。何しろここで生まれ育ってきた人からすれば50年、60年の単位だ。5年なんて、物の数じゃぁない。まだまだ人間関係は熟しちゃいなかったんだ、と思い知らされた。 これは鈍感な僕にとっての最初にぶち当たった地域という壁の洗礼だ。本当は、これまでも地域の方々にもっといろいろなことで不愉快な想いをさせていたのかもしれない。人間関係がもう少し熟成されるまで出過ぎた杭はもちろん出る杭であってもイカンのだなぁ。 予約しておいた村上春樹の『 1Q84 Book l 』を読み始めた。本の世界は余分な軋轢がなくて居心地がいい。
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