氷室冴子 『海がきこえる』
高知から東京の大学へ進学した拓は、抜け落ちた里伽子の写真を見て、彼女が転校して来てからのことを思い返していた。東京への気まずい旅行やホテルの風呂で寝たこと、あるいはハワイへの修学旅行など。こんな思い出は、里伽子にとってどんな意味を持っているのだろう・・・ 家庭の事情で東京から高知へ転校してきた里伽子と、彼女を見つめる拓の物語。拓の目線から里伽子を語ることにより、より里伽子の気持ちの移り変わりがはっきりしてくるようです。 拓にとっての里伽子は親友松野の片想いの相手であり、それ故に遠のいてしまう二人の距離。これはかなりもどかしいものがありました。 常に里伽子に振り回され続ける拓は、読者からすれば憐れみの対象と言っても言いすぎではないしょう。里伽子のわがままにつきあわされて東京にまで行き、しかもその資金は・・・といった具合。おまけに松野とは絶交状態に。でも、こういう風に女性に振り回されているときの男性って、怒ったりしても案外絶対的な苦にはならないんじゃないでしょうか。そんな気がします。 夏休みに高知へ戻りながら、拓に連絡をしないあたりがなんとも里伽子らしいです。ちょっと意地を張っているようで。 爽やかで、懐かしさが漂うのですが、それだけではなく青春時代の痛みやほろ苦さも出ていて、まるごと青春を詰め込んだような物語です。オススメ。 ちなみに今回は徳間文庫で再読したのですが、時代の移り変わりを反映して単行本とは細部が若干変わっているようです。2008年5月3日読了(再読)