ポルシェ カレラGT2000年秋のパリ・……
ポルシェ カレラGT2000年秋のパリ・サロンに突如スタディモデルがデビューして世界中のクルマ好きの興味を惹きつけてから3年、とうとうポルシェ・カレラGTが路上を走り出した。限定生産台数1500台、価格はドイツで税別39万ユーロ、1ユーロ130円として5070万円。もちろんポルシェのロードモデルとしては過去最高のプライスであり、現時点における同カテゴリーのライバルのなかでも、日本で7500万円するフェラーリ・エンツォに次いで2番目に高価なクルマにランクされる。ちなみに、カレラGTを追うように今年のフランクフルト・ショーで正式デビューしたメルセデスSLRマクラーレンは税別37.5万ユーロ、円換算でおよそ4875万円と、カレラGTより若干低いプライスが与えられるらしい。カレラGTの登場以降も、16気筒1001psというブガッティ・ヴェイロンが控えるなど、21世紀初頭を舞台にした目もくらむようなスーパースポーツの饗宴は、まだまだ続きそうだ。 そういった近年のスーパースポーツ群のなかにあって、ポルシェ・カレラGTの特筆すべきポイントといったら、その根底にコンペティションモデルの血が流れていることだろう。カレラGTのミドシップに縦置きされた5.7リッターV10エンジンは、実はポルシェが2000年のル・マン24時間に撃って出て総合優勝することを目的に開発されたものだった。ところが、諸般の事情からポルシェはその年のル・マンへの参戦を断念、その結果、レーシングモデルが存在しないまま、ロールモデルのカレラGTが開発されることになったというバックグラウンドを持つ。しかも、カーボンファイバー製モノコックとその後方のパワーユニット搭載用サブフレームを主構造とするシャシーや、そこに備えられたレーシングカースタイルのプッシュロッド式サスペンションなどは、98年のル・マンで総合優勝したレーシングスポーツ、GT1の経験を投入したものだ。つまりカレラGTは単なるスーパースポーツではなく、パワーユニットにもシャシーにもポルシェのコンペティションにおける経験が存分に詰め込まれた、レーシングスピリット溢れるクルマなのである。ドイツ東北部、ベルリン郊外の旧東ドイツ軍事飛行場跡を使ったミシュラン・ドライビングセンターに佇むカレラGTの際立つ印象は、新しいカテゴリーのクルマであるにもかかわらず、ポルシェ以外の何物でもないスタイルを持っていることだった。スタイリングを手掛けたのは、993以降の911をすべて監修しているハーム・ラガーイをチーフとするポルシェの社内デザインセンターだけにまさにお手のモノ、誰が見てもポルシェのスーパースポーツに見えるクルマに仕上がっている。特に、50年代末から60年代初頭に掛けてのレーシングスポーツ、718RSKやRS60を彷彿とさせる顔つきや、前後で軽くうねりながら滑らかに上下するフェンダーラインなどに、ポルシェが強烈に感じられる。全体にレーシングカーを連想させる佇まいを持っているのも特徴的な持ち味だろう。しかも、途方もない性能を持ったスーパースポーツであるにもかかわらず、クローズドのクーペではなく、オープンのスパイダーとして登場してきたのもカレラGTの大きな特徴のひとつだろう。そのオープンコクピットを、ロールバーを兼ねるBピラーによって受け止める形状になっているところも、911で長いことタルガボディを経験してきたポルシェの仕事らしい。一方、メッシュ張りの立体的なエンジンカバーや可動式スポイラー、そしてその下のデフューザーとマフラーからなるリアデザインは、妙に未来的である。全長4,613×全幅1,921×全高1,166㎜というボディ外寸は、実はフェラーリ・エンツォより小さく、特に幅はエンツォより115㎜近くも狭いのだが、そうは見えない強烈な存在感を放っているところも、カレラGTの大きなポイントのひとつだといえる。カレラGTのインテリアの魅力をひとことで表現すれば、スーパースポーツに相応しいスパルタンさと高価格車に相応しい上質感が、見事に両立していることにある。カーボンファイバー製モノコックの幅広いサイドシルを跨いでコクピットに収まると、そこはもうしばらく下りたくなくなるほど魅力的な空間に仕上がっていた。カーボンのフレームを上質なレザーでカバーしたレカロ・スタイルのバケットシートは、ちょっとバックレストが起きすぎている嫌いはあるものの、充分に低く、それでいて前方の視界にも不足のない、実に適正なドライビングポジションをもたらしてくれる。もちろん身体のサポートも充分である。 メーターパネルのデザインと配置は基本的に現行911に共通するが、メーターのスケールは大幅に拡大されていて、タコメーターは8400rpmレッドゾーンのフルスケール10000rpm、スピードは380km/hフルスケールになっている。ま、330km/hのトップスピードをマークするはずのこのスーパースポーツには、至極妥当な数字だろう。 カレラGTはフェラーリ・エンツォなどと違って、3ペダルの6段MTという今や古典的といえるトランスミッションを持っているが、意外なのはそのシフトレバーの位置で、ポルシェには珍しくセンターコンソールの高い位置から生えている。しかもそのシフトノブがウッド製なのも、クルマのキャラからするとちょっと奇妙に思える。しかし実際にシフトしてみると、その感触や重量バランスは文句なしの出来なのだった。ちなみにインテリアのレザーカラーは「ナチュラルグレー」「テラコッタ」「アスコットブラウン/ナチュラルブラック」の3色から選べるが、私だったら後者のコンビで決めてみたい。 ステアリングコラムの左にあるキーを捻ると、ミドシップに縦置きされたポルシェV10エンジンは即座に目覚めた。そこで、それなりに足応えのあるクラッチペダルを踏み、ギアを1速に送り込んで発進とあいなるが、実はこれがなかなか難しい。カレラGTには新開発のPCCC=ポルシェ・セラミック・コンポジット・クラッチが採用されている。これは直系169㎜という小径なため、エンジン搭載位置を下げて重心を低くする効果が得られるほか、耐久性が絶大でしかも超軽量という様々なメリットを持つクラッチで、レーシングスタートはお手の物なのだが、街中で走り出すときのように低回転からスムーズに発進するのが難しいのだ。とはいえ、細心の注意を払ってクラッチをミートすればアイドリングスタートも可能だったから、要は慣れの問題かもしれない。スタディモデルの5.5リッターから5.7リッターに拡大されたV10は、612ps/8000rpmのパワーと60.2kgm/5750rpmのトルクを絞り出し、偶然にも911GT3と同じ1380kgの車重をリアに横置きされた6段MTを介して引っ張り上げるのだが、スロットルを踏み込むと同時に湧き上がるトルクによって押し出されるその加速は、まさにファンタスティックの一語だった。さすが生まれはレーシングエンジンだけあって、5.7リッターV10は猛烈なほどシャープに吹け上がり、低いギアでは8400rpmからのレッドゾーンに軽々と飛び込んでリミッターにブチ当たる。もちろん8000rpmを超えるトップエンドまでスムーズそのもので、一切のバイブレーションを感じさせずに回り切る。 停止から200km/hに至るまでの加速がたった9.9秒、最高速330km/hというクルマだから、パワーに不足あろうはずはない。しかし、それが過剰だという印象もまったく感じられない。パワーの出方が暴力的でなく、ドライバーの意に沿ったものだからだろう。それに加えてもうひとつ、612psのパワーと60.2kg-mのトルクを過剰と感じさせない要因は、シャシーの出来のよさにある。コクピットを囲む、すこぶる剛性の高いカーボンファイバー製モノコックをはじめとするレーシングカー式のフレームやサスペンションと、PCCB=ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ。それらが渾然一体となって紡ぎ出されるカレラGTの走りは、猛烈にファン・トゥ・ドライブであると同時に、絶大な安心感に満ちたものだった。 例えばドライビングセンター内の狭い取り付け道路で200km/hオーバーまでスピードを上げても、カレラGTはまったく不安を感じさせない。それは、空力的にフロントが押さえつけられる印象が強くなりステアリングの座りが一段と増し、まさしく矢のように直進していくからである。しかもカレラGTは、コーナリングがまた素晴らしい。フェラーリ・エンツォより明らかに手応えの強いステアリングを切り込むと、低いノーズが鋭く内側に切れ込んで、素早くコーナリングの態勢に入っていく。切れば切っただけノーズが内側に入っていく、“キビキビ系”のコーナリングなのである。したがって、いわゆるアンダーステアは軽く、コーナリングが愉しいことこの上ないが、なにせ612psと60.2kg-mを後輪だけでうけ留めるクルマゆえ、コーナーを攻めていくと最初に滑り出すのはリアの方である。だから限界付近のコーナリングをエンジョイするには、繊細な右足を必要とするクルマなのは間違いない。しかもPCCBが、気持ちいいほど強烈なブレーキングパワーを立ち上げてくれる。 たった1日と数時間、しかもクローズドなテストコースがメインのテストドライブだったが、はるかベルリンまで飛んできた甲斐は充分にあったと、試乗を終えて空港に向かうマイクロバスのなかで心から思った。カレラGTは、ポルシェが造ったスーパースポーツに対するマニアの期待をことごとく満たしているだけでなく、その想像を超える悦びを与えてくれるクルマでもあった。そのひとつが、200km/hオーバーでも髪を激しく乱すことのない風仕舞いのいいコクピットで味わう、爽快感の極まった超高速オープンエアドライビングの悦びであり、もうひとつは、そういったオープンドライビング時に一段と明確に耳に入ってくるエグゾーストノートの、うっとりするほど官能的なサウンドだった。その価格からいって、自分で手に入れるのはどう考えても無理だが、スポーツカー好きに生まれたなら死ぬまでに一度は乗っておくべきクルマの1台だと思った。