020206 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2023.07.23
XML
カテゴリ:ブログ短編小説

​​
ウクライナに栄光あれ!
ウクライナの市民

ウクライナの兵士たちに
栄光あれ!
ウクライナに平和を!

​​大きいサイズのウクライナの国旗
​​​

​​

​​​​​​​​​​ブログ短編小説『ザポリージャの森』最終回
​​​​

 ​この一連のブログ短編小説の主人公は「俺」である。「俺」はウクライナ外国人義勇軍に志願し、現在、その分隊長の任にあたっている。だが「俺」は、国籍も年齢も、さらには如何なる想いで外国人義勇兵になったかを明らかにしていない。想像できることではあろうが……。

(ロシア軍占拠下のザポリージャ原発区域内)

 俺の中隊が「偽旗作戦」で、ザポリージャ原発区域内に入った。原発区域を占領し、南の唯一のゲートの検問を行っているロシア軍は、いかにも精鋭部隊兵士らしくきびきびと動いていた。とは言え、ウクライナ軍の反転攻勢が開始されている最中なので、ロシア軍増援部隊の3個連隊、約3000人とその車両群の配置差配は混乱を極めていた。
 メリトポリの占領ロシア軍司令部が、兎にも角にも、増援部隊を送り込んだからだ。これまでもそうだったが、ロシア軍の指示命令系統はモスクワの政治命令に即応している。決して組織的軍事系統のそれではない。
「ザポリージャ原発を政治的かつ軍事に利用する」 
「ウクライナ軍の攻勢に対し、ザポリージャ原発の爆破による放射能漏れで対抗する場合もある」
「クレムリンの指示を待て! いずれにせよ、ウクライナ軍から防御せよ! 油断するな!」
「それまでモスクワの命令を待て!」
 以上の内容をクレムリンと国防省は、ザポリージャ原発守備に動員した兵士部隊に送っていた。モスクワの独裁者と仲間たちは、手段を選ばない常套手法の性癖の持ち主である。無法者、ならず者なのだ。そして極度の臆病者なのだ。かつてKGB工作員だった独裁者が、エネルギー資源の最大活用について論文を書いている。その最大活用とは、他国の支配、影響力を掲げているが、その実は他国への侵略侵攻が透いて見えるものだった。つまり、権力維持のためなら「なんでも利用」するという身勝手な発想が根底にあったのだ。それは恐喝の類(たぐい)である。
 もしザポリージャ原発が攻撃され放射能漏れが起きれば、福島第一原発放射能漏れの数十倍、いや数百倍が想定されている。その放射能汚染は、偏西風にのりザポリージャ州、ドネツク州、さらには東部のロシア領に及ぶものとなる。それでもクレムリンはザポリージャ原発破壊をやるのか? 可能性がある、と想定すべきだ。ゼロではないのだ。
 そこで外国人義勇軍の我が中隊に命じられたのは、「ザポリージャ原発奪還」だった――

 ザポリージャ原発守備区域に入っている増援部隊に潜り込んだ俺たち
偽装中隊は、ごった返している増援部隊に紛れ込むことに成功した。6時間かかって、偽旗中隊は原子炉6基の中間広場に車列を並べた。そして俺たち偽旗中隊は、可能な限り車内に留まり、夜を待った。

 敵ロシア軍の占拠下にあるザポリージャ原発区域内は、一見、広大かつ平穏な公園のようだった。しかもロシア軍の警戒は、原発区域外に向けられていた。ロシア軍のロケットランチャー、戦車砲、自走砲も原発区域外の西の彼方に向けられている。増援を含めた人員の過半は、ウクライナ軍の侵入に備え、原発エリアの境界線に配置されている。幸いなことに、我々の中隊は原子炉守備隊の一部となったことである。俺たちは、車内でまんじりとせず、ひたすら陽が沈むのを待っていた。俺は特別製の弩弓を操作していたが。弩弓の矢は50cmと短い。矢の薄い金属製の羽は、発射時に矢本体の3か所から1cm飛び出す。標準器は赤外線付きで、ロックオンできる。矢は3本でなく、カセットに10本入っている。射程距離は50mと短い。この特製弩弓は6つ。俺に分隊員が持っている。つまり、6カ所の原子炉屋上で迎撃武器と共に待機している敵ロシア兵4、5人を無力化するために使われるのだ。俺は分隊員を2人づつ分けている。
 何事もなく、8時間が経った。何事もなく? 正しくは、小事があった――小便のことである――俺たちは、事前に日本製オムツを履いていたので、出るに任せた。
 中隊長から俺たちに指示がインカムに入った。
「サーより。これから総司令部は、ザポリージャ原発の南10km以南に砲撃とミサイル、ドローンを大量集中させる。ドローンでのジャミング(電波妨害)も行う。つまり、敵ロシア軍の原発守備隊をメリトポリの南部ロシア軍司令部から孤立させる。あと30分後だ。ジャミングは3時間。各自の使命を果たす時が来た。皆に栄光あれ!」
「愛馬。了解」俺はそう応え、まだロシア製装甲輸送車内で待機している分隊員全員に命じた。
「対放射能装備を背負え! 手筈通りに動け! 6つの原子炉屋上殲滅攻撃小隊、準備は?」
「了解。準備OK!」6人の分隊員が応えた。
「原発内殲滅小隊。出動だ!」中隊長がインカムで命じた。
「OK!」
 中隊は、原子炉屋上突撃隊と原子炉屋内突撃隊に分かれている。
 俺たち中隊のインカム電波、中隊長と総司令部を繋ぐ電波は、味方のジャミングに耐えられるようになっている。詳しくは書けないが……最先端技術でなく、アナログ手動方式だと言える。

 「GO! GO! GO! GO! GO! GO!」中隊長から命令が出た。ザポリージャ原発には原子炉が6基ある。GOで原子炉一基。1~6号基を占拠している敵ロシア軍に対し、俺たちの中隊は各6名の小隊となり殲滅作戦を実行するのだ。俺の小隊は3号基である。対放射能に改良した装甲車両には、数人が残り、何時でも動かせるように待機している。ロシア語に堪能なウクライナ兵と通信兵も含めてのことだ。もちろん、原子炉内外にいる敵ロシア兵殲滅部隊にも、1名のロシア語ができるウクライナ兵がいる。
 小さいが「Z」のワッペンを、俺たちはヘルメットの前後に張り付けている。これが敵味方識別の唯一の印だ。敵ロシア兵に無くて、俺たちだけにある印だ。合図用の両手とインカムを除けば……。
 
 俺とウクライナ兵を含めた6名は、堂々と隊列をつくり原子炉6号基に行った。原子炉の下、原子炉建屋屋上用の外階段、そこには土嚢が積まれ、10数人のロシア特殊部隊員がくつろいでいた。原子炉を人質にしているせいか、血走った緊張感が見えない。ここはロシア兵にとっては、バフムトなどの熾烈な激戦地と違い天国と思わているはずだ。ウクライナ軍の大津波攻撃がないからだが。
 俺は右手を後ろに回し、拳を開いた――<殲滅せよ!>
 先頭のウクライナ兵が、ロシア兵にネイティブなロシア語で声をかけた。
「いや~お疲れさん。皆で美味いウオッカを持ってきたぜ」
 俺たち6名は、左手にウオッカを掲げ、右手にサバイバルナイフを隠し持って近づいた。そして一斉に襲いかかった。俺はロシア兵3人の喉にサバイバルナイフを一閃していった。俺は街灯の影で奴らの見開いた眼を見なくて済んだが、鮮血のシャワーが吹き出しているのが見えた。
 俺は原子炉建屋に登る外階段に急いだ。後ろから分隊員が続いていた。
 俺たちは、再び整然と列をつくり、外階段を屋上へと登った。外階段といっても、ひと一人が登れるだけのタラップ(梯子タイプ)で、5階建ての高さまで垂直に原子炉建屋に取り付けてある。原子炉建屋内部に作業用のエレベーター2基があり、本来はこのエレベーターを使用して屋上に出るが……。
 俺たちは5分後、屋上の縁にいた。
 屋上は意外と明るかった。原子炉を盾にしている敵ロシア軍の「屋上陣地」が丸見えだった。対空用、対地用のミサイル数基が西の方向、対岸に向けて設置されている。それらは無防備だった。ウクライナ軍の攻撃が無いからだ。
 ロシア語が堪能な俺のウクライナ人部下がすくっと立ち、「屋上陣地」に歩を進めた。俺も皆も彼に続いて行く。
「いやあ、プレゼントを持って来たよ」部下がロシア語で敵の奴らに言う。俺たちはサバイバルナイフを隠し持つ。
「ありがとうよ。屋上は冷えてたまらん」ロシア兵がウオッカを受け取ろうとした。ウオッカでロシア兵を釣ったのだ。俺たちは身を低くし、そこにいた5人のロシア兵を襲った。まさに秒殺だった。ロシア兵の喉元を切り裂いていった。
「3。完了」俺はインカムで中隊長に告げた。
 その数分後、俺のインカムに次々と声が入った。1号基、2号基、4号基、5号基、6号基の原子炉建屋ロシア軍陣地を殲滅した「合図」だった。同時に、第2作戦の開始だ!
 俺たちは四方に分散し、建屋の端に伏せた。
「3より。準備OK」
 ちなみに中隊長も俺たちも、絶えずコードネームを変えている。一応、用心してのことだ。
 即座に中隊長から、
「俺たちは原子炉建屋内に入った! 10分後に連絡する!」と応答があった。
 ウクライナ軍のジャミング(電波妨害)は3時間、残すは2時間30分ほどである。俺は腕時計を見た。夜明けまでには、たっぷりと時間があるぞ。
「ミサイルをザポリージャ東のロシア軍陣地に向けろ」俺はミサイルに精通している米国人の部下に命じた。
「OK! たやすいことだ」
 俺たちは原子炉建屋屋上の縁(へり)から、敷地内のロシア軍を監視し、中隊長からの命令を待った。6分、7分と腕時計の針が進んでいく。そして10分になった。
 俺のインカムに中隊長の声が入った。
「建屋内をほぼ抑えた。放射線量は平常だ。30秒後にGO!」
 俺は特製弩弓を構えた。部下たちも俺に倣(なら)った。
「将校を撃て! その次に傍のロシア兵だ!」俺は暗視標準器で最初の犠牲者を探した。
 いた! 真下に!
 その将校は、なにやら偉そうに部下に指図していた。暗視標準器の十字を奴の首に当て、弩弓のトリガー(引き金)を引いた。短い矢が静かに走った。標準器に映る将校が仰け反って倒れた。俺の部下たちが一斉に撃った。ロシア兵が声を発することなく、その場に崩れた。他の屋上からも、弩弓の矢が放たれた。装甲車列前でくつろいでいたロシア兵たちが、次々と寝るように倒れた。永久に!
 このザポリージャ原発奪還作戦の要点はこうだ!
<増援部隊を含め、4個連隊、約4000人のロシア軍を殲滅させるのが、作戦の目的ではない。ロシア軍の内部分裂を惹起させ、同士討ちを生起させるのが狙いだ。そして「残り者に福がくるのだ」。屋上のロシア兵を殲滅させ、原子炉建屋内部のロシア兵も殲滅させる。この事態をロシア兵が知ったときは、ロシア軍部内の抗争とみるはずだ。なぜなら、原発区域内にはロシア軍しかいないし、ウクライナ軍の攻撃が考えられないからだ。予測通りに内部分裂し、同士討ちをやっても、ここのロシア兵は原子炉建屋を破壊することは出来ないのだ――放射能を恐れているのだ。俺たち中隊の目的である「原発奪還作戦」は、そのあとの展開にかかっている。クレムリンから「撤退せよ! 爆破時限装置をonにせよ!」との狂気の命令が奴らに来た時である。原子炉爆破の時限装置をonにして撤退するのに、3時間から4時間かかるはずだ。俺たちは居残って、その忌まわしい時限装置を探し、onを解除する。そしてここを離れるのだ。但し、何事にも臨機応変に対応する場合があるものだ――>
 建屋から出た中隊長らの部隊は、散会してロシア軍の装甲車に向かった。俺たちは建屋屋上から、彼らの支援態勢をとった。忍者のように忍び寄る必要はない。堂々と歩くのだ。
皆がそうした。なにせ偽だがロシア兵なのだから。

 中隊長の部下たちが、5台の装甲車両の上にあがり、ハッチを開け手榴弾を投げ込みハッチを閉めていく。ほどなく装甲車両内から鈍い音が聞こえる。
 俺の部下、ロシア語ができるウクライナ人兵士が叫んだ。
「ワグナーの野郎どもの反乱だ! 奴らを撃て!」
 これにはロシア兵は戸惑ったようだ。
「ワグナーの奴らはどこだ?」
「あっちの区域近くの車列部隊がワグナーの息のかかった反乱軍だ! 撃て!」ウクライナ兵は適当に叫んだ。
 傍にいたロシア兵たちが、闇雲に撃つ。数秒後、向こうからも反撃してきた。同士討ちが始まったのだ。
 中隊長が味方の装甲車両に命じた。
「皆、装甲車両で原発建屋を守れ! 計画通りだ!」
 ライフル銃弾が飛び交う中、中隊の偽旗装甲車両が6基の原発建屋へと移動していく。
 俺がロシア兵から奪った無線機が鳴った。予定より早くジャミングが終わったようだ。
「ワグナーの反乱だ! 司令部の指示を求む!」ロシア兵のSOSが聞こえた。
「司令部だが、それどころじゃない。カホフカダムがキエフ軍(ウクライナ軍)のテロ攻撃で決壊する。ちょっと待て! 総司令部から指示がきた! リモート爆破装置をonにして、撤退せよ、との指示だ!」
「今、ワグナー反乱軍と戦闘中です。奴らはどうしますか?」
「何っ! そこにワグナー部隊はいないはずだ」
「いるんですよ。現に我々ロシア正規軍に向かって発砲し、死傷者も多数でているんです」
「キエフ軍じゃないのか?」
「キエフ軍じゃないのです。ワグナーの反乱軍です!」
「分かった。モスクワの総司令部に確認する。それまでワグナー部隊を抑えておいてくれ」
 何っ! カホフカダムを爆破攻撃し、決壊させるだと! 退去! 原発をリモートで爆破だと! 
 俺はこの無線の内容を中隊長にインカムで報告した。
 中隊長が応えた。
「カホフカダム爆破決壊命令が出ていることは、急ぎ総司令部に報告する。クレムリンは血迷っているぞ。今がチャンスだ。我々中隊は、最後までここに残ってリモート爆破装置を無力化する。それまで敵ロシア軍を可能な限り殲滅排除だ!」
「了解した!」
 俺たちは、原子炉建屋の屋上から、弩弓の矢を次々と放った。

 俺のインカムに中隊長のやや緊張した声が入った。
「これから1から6の危険を見つけ、安全にさせる。攪乱せよ!」
 俺は短く答えた。「危険」とは、仕掛けられている地雷であり、遠隔操作の爆弾である。
「了解」
 ロシア軍の同士討ちは、散発的状況となっている。奴らは気づき始めたようだ。
 俺は部下たちに命じた。
「暗視装置付きサイレンサーライフルで敵の精鋭部隊を撃て! 特に将校を!」
「ラジャー(了解)」原子炉建屋1~6号の屋上にいる分隊員たちが答えた。
 俺も撃った。部下たちも撃った。敵のロシア兵たちが無機質な表情を浮かべ、倒れていく。それでも原子炉建屋の屋上に向かってロシア兵からの反撃がない。まだ偽旗がばれていないからか、放射能漏れを恐れてのことか。それとも本気でザポリージャ原発破壊を、クレムリンは考えていない、ということか。
 俺は中隊長に訊いた。
「屋上より。ミサイルをトクマクのロシア防御線に撃ち込みたい」
「やれ! 1~6号。ミサイルをトクマクのロシア軍防御線に撃ち込め!」
「ラジャー」俺は答えた。が、偽旗をやり通している義勇軍の中隊は、大根役者たちじゃないのだ。偽旗は本物の役者じゃなきゃならいない。そう思った時、俺の山師根性がカマ首をあげてきた。
<俺たちが本物の偽物ロシア兵? だとしたら……あり得る!>
 俺はインカムで中隊長に訊いた。
「3より。ワンへ。原子炉建屋の下部外壁ブロックに穴を抉り、そこから消火器の白煙を放出し、放射能漏れを演出したらどうです?」
「ワンより。少し時間をくれ! 2秒ほどだ……その作戦を承認した! やはり馬が合うな、君とは。私も同じことを考えて、物も用意したぞ」中隊長も同じことを考えていたようだ。しかも「物」を用意したとは――まさか本物の放射能物質じゃないだろうが。

 原子力建屋1~6号基の屋上から短距離地対地ミサイルが次々と発射されていく。その攻撃目標は、ザポリージャ原発の東60km、ロシア軍の第2防御線である。ザポリージャ前線突破に難儀しているウクライナ軍への、まさに側面支援である。20発近い短距離ミサイルが屋上から轟音とともに飛んでいく。
 その最中、中隊長率いる原子力建屋制圧部隊は、3号機の原子力建屋の二重壁ブロックを建屋内からタガネで抉っていった。直径20cmの穴を――
 中隊長からインカムに連絡が入った。
「こちらワン。これから放射能漏れを起こす。皆、一斉に叫べ! 原子炉家屋から放射能が漏れだした、と! そしてだ。全員、原発エリアから撤退せよ。急ぎ逃げろ、と叫べ!」
 俺は中隊長に訊いた。
「サー。まさか放射能物質をばら撒くんじゃないでしょうね?」
「君ならどうする? ウオーウオーとオオカミ少年のように叫ぶだろうに」中隊長が訊いてきた。
「サー。そうします。これからオオカミ少年になりますよ」
「3よ。持って来た物は、あたかも放射能に反応する音を響かす偽物感知器なんだ」
「サー。了解しました」
 この数分後、3号基のブロック外壁から白煙が噴出し始めた。原子炉建屋傍にいるロシア兵に紛れ込んでいるウクライナ兵が叫んだ。
「お~い! 放射能漏れだあ! 急ぎ逃げろ!」
 ウクライナ兵の防弾ベストのポケットの中から、耳をつんざく金属音が響いている。
 敵ロシア兵も叫んだ。叫んでくれたと言うべきだ。
「放射能検知器が鳴った! 逃げろ! 放射能漏れだ!」
 白煙は濛々と吹き出している。
 原子炉建屋近くに待機している偽のロシア兵たちから、俺のインカムに声が入った。
「放射能検知器が鳴っています。対放射能装備を急いでください」
「了解」俺は答えて、部下たちに伝えた。俺たちは、リュックから防護服・防毒マスク・特殊手袋などを取り出した。
 屋上から下界を覗くと、ロシア兵の装甲車・戦車が慌ただしく入口へと移動している。それと機を一にし、銃声音が止んでいる。野蛮なロシア兵と言えども、放射能に恐怖心があるのだ。とりわけここザポリージャ原発不法占拠に動員されたロシア兵には――
 原発敷地内に空襲警報と同じサイレンが鳴り響いた。鳴らしたのはロシア原発会社の者たちだった。

 放射能防護服を着こみ屋上にいた俺は、下界の光景を冷ややかに見ていた。そして告げた。
「逃げていく奴らの車両に迫撃砲を食らわせ!」
「ラジャー」
 原子炉建屋屋上から一斉に迫撃砲が撃たれた。車列を乱したロシア軍の装甲車、トラックの頭上から花火が吹き出している。それでも後続の車両は、頓挫している装甲車両らを強引に押しのけ逃走を図っていた。中には、所定の道を避け迂回する車列もいた。それらの車列の運命は、自ら描いた地獄絵となっていった。地雷原に踏み込んだからだ。
 残るは、原発近くに設置された地雷と遠隔操作の爆弾の発見と無力化だ。くそ!
「ん? くそ! と言ったよな。ここは『ウン』を使うとするか」俺はやけくそになっていた。オムツが大便で満杯となっていたからだ。
「原子炉を守備していたロシア兵の捕虜将校を3号基建屋内に連れて来てくれ」俺は部下に命じた。そして外階段を下りていった。

 そこにロシア兵中尉が目隠しされ椅子に括りつけられていた。偽旗ロシア兵3人が待っていた。俺はウクライナ兵に言った。
「奴の上半身を裸にせよ。そしてだ。俺にやることに文句を言わないでくれ」ウクライナ兵と中隊義勇兵が頷いた。
 俺はズボンを脱ぎ、クソまみれのオムツを零さないように外した。そしてロシア兵中尉の傍に行き、
「クソ! 糞! くそ!」とロシア兵中尉に唾棄した。
 俺はクソまみれのオムツをロシア兵中尉の顔に擦りつけた。同時に、ウクライナ兵に合図した。
「地雷と遠隔操作の爆弾の配置を教えてください」ウクライナ兵が丁重に言った。が、ロシア兵中尉は黙している。それを見た俺は、クソ! と罵り、オムツのクソを奴の口に目いっぱい食わした。なぜか俺のクソは、香ばしい匂いを放っていた。これではクソの効果がない、と呟き、クソ! と罵った。
「放射能漏れが起き、皆、撤退中です。中尉。配置を教えてください。教えてくれれば、クソだけで済み、原発エリアからロシア軍に合流できます。クソを選ぶか、自分の命を守るかの選択をしてください。中尉」そうウクライナ兵が迫った。
「俺の国に、みそ漬けがある。味噌とクソはよく似ているんだ。クソ漬けになるか、ロシアに生きて帰るか、あんた次第だぜ」俺はウクライナ兵に合図した。ウクライナ兵がロシア語でロシア兵中尉に伝えた。
 それを聞いたロシア兵中尉の口から、ごぼごぼとクソが吹き出した。何かを言おうとしたのだ。用意してくれたバケツの水で、先ず、俺はクソで汚れた下半身を洗った。ウクライナ兵がタオルをくれたので、念入りに下半身を拭いた。そして汚れたタオルで、ロシア兵中尉の顔を拭いてやった。クソ!
 ウクライナ兵がロシア兵中尉に訊いた。
「ダー? ニエット?(
yes or no?)」とロシア語で。

 ロシア兵中尉が吐いた。
「埋設配置を教えます。捕虜として扱ってください。今のロシアには送らないでください」ロシア兵中尉は、本音を漏らした。独裁者マフィア支配の現ロシアに反した考えの奴だったのだ。
 ウクライナ兵が英語に訳して、奴の言葉を伝えた。俺は頷いた。
「中尉殿。我々は約束します」ウクライナ兵がロシア語で伝えた。

 ロシア独裁者マフィアから侵略侵攻を受け、1600kmの前線で戦っている戦場である。このロシアの侵略侵攻は、クリミヤ半島不法占領時から策定され、一応だが、用意周到に準備されていたのだ。ロシアは世界2位の核大国であり、軍事大国でもある。ロシアの独裁者は、軍事小国に眼をつけていた。いつもの通りだが。ロシアの属国化が目的である。高邁かつ妄想じみた大ロシア思想は、単なるこじつけである。残虐非道を矮小化するためでもあったのだ。ロシアの独裁者には信仰心の欠片さえ持ち合わせていない。その点では、大根役者とは言えないようだ。そうそう、ロシアの独裁者は五輪を戦争目的のために利用してもいた。国家ぐるみのドーピング作戦である。こういう独裁者にありがちなことだ。ただ、ロシアの独裁者は、変態的嗜好の持ち主でもある。奴は女子フィギュア選手が好きだったのだ。性欲的に……
俺は思っていたんだ――クリミヤ半島不法占領も、五輪選手のドーピングによる参加資格の制限と金メダルの剝奪の腹いせだった、と。ウクライナの侵略侵攻その延長線上にあるんだ、と。実に単純な動機じゃないか! ヒトラーも同じだったのだから。
 
 俺は2年間、ウクライナ外国人義勇兵として戦場にいる。そこ(戦場)には色彩もなく、モノトーンの世界なのだ。何もかにもが無機質そのものになっているのだ。人の命さえ蝋人形以下に感じる。そうでなければ、果敢に前線での戦闘は出来ない。精神ももたない。非正常なる空間世界である。言い換えれば、異常なる時空なのだ。だから俺は「平和」という希望を念じているのだ。神よ! 戦場にいると常に!
 こうも言えるのだ――
 命のやり取りの戦場、特に死闘を行う最前線の経験がない政治家、特に侵略侵攻戦争の遂行者たちには、「戦争」は演出された映画のように観えているはずだ。命の重さを実感すらできない。まして戦争の残虐さは、微塵も感じえるものじゃないかもしれない。自分と家族の命と無関係であり、財産も守られているからか。
 最前線で命のやり取りを体験した者は言う――戦争をしちゃ駄目だ。平和を守らなきゃ――必ずそう言うのだ。
 戦争を遠くで観ていた者は言う――「平和」なんて理想主義者の言う言葉だ。戦争できる国にしなきゃ――必ずそう言うようだ。

(エピローグ)
 俺たち中隊は、ザポリージャ原発から不法占領者ロシア軍を追い出した。ロシア軍が仕掛けた地雷・爆弾も無力化できた。ウクライナ総司令部の命令により、俺たち中隊はドニプロ川を高速ボートで脱出した。ウクライナ軍の反転攻勢でロシアの独裁者は必死となっている。独裁者も生死がかかっているからだ。プリゴジンの反乱もあり、ロシア軍内部の不満は高まっている。とは言え、彼らは少数派に過ぎないから、独裁者と仲間マフィアにはかなわないだろう。
 俺はザポリージャ原発を高速ボートから見送り、占領地域彼方の空を見た。茜色に染まった空。彼方の地上から陽光が姿を現している。いつものように……
 思わず俺はポケットから煙草を取り出した。紫煙を宙に吐くと、隣の仲間の顔に流れた。
「分隊長。禁煙派の私ですので……」彼が遠慮気味に言った。戦闘中に言わなかった言葉だ。はっと我に返り、俺はタバコを軍手の中で消した。
<彼は正常心を取り戻した。俺もそうならなきゃ>

 
(了) 


 

*いつものことだが、ブログ短編小説は書下ろしである。誤字脱字、てにをは、文脈などに乱れがあるようだ。ご容赦のほど。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.07.24 06:57:03
コメント(8) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X