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カテゴリ:スピリチュアル
数日前のかりん゛☆″さんの日記のコメントを書いていたら、
私と母との関係性についてのヒントが出てきました。 母の住んでいる環境は、比較的人の移動が少ないので コミュニティが発達しています。 良い意味では、助け合いの精神が豊富なんですが、 悪く言うと、お互いに依存した状態でもあります。 そういう状態だと、無意識のパワーゲームが繰り広げられているんですよね。 自分がやりたいからやるのではなく、 自分がしてあげることによる、見返りを期待して行動をする。 世間体とか、見栄とかも含めてね。 だから、見返りが帰ってこないと、文句を言ったり、 思い通りにならなくて落ち込んだり、 相手をコントロールしてみようとしたりして、 無駄なエネルギーを浪費することになる。 そして、相手にパワーを奪われているどころか、 相手にネガティブなストロークを与えている事さえ気が付いていない。 年末に母から電話があって、なにやら落ち込んでいる様子だったのですが、 どうやら、誰かの為に生きることに疑問を感じ初めているようでした。 順番から言えば、年上の父の方が先に死ぬだろうし、 結婚するまで親と暮らしていて、一人暮らしをしたことがない 母にとっては、父が死んだ時、初めて自分と向き合い、 自分を知ることになるのではないかと思います。 それを、うすうす感じ取っているような様子でした。 一人暮らしをした経験があるかどうかというのは、 実は大きなファクターになっていて、 私の場合、母の期待という重圧があったからこそ、 大学時代に一人暮らしを始めた時、 生涯で忘れがたいほど素晴らしく思えたし、 自分と向き合う時間が圧倒的に多くなり 自分を知る良い機会にもなりました。 (その頃の生活があまりにも素晴らしかったので、 家庭を持った今でも、家族を置いて一人旅をする という悪癖が抜けないという説も。。。) そして、母の期待をことごとく裏切ることによって、 自分の存在を主張していていたのかも知れません。 また、母のようになりたくなかったので、相手に過剰な期待をかけないようにして、 相手から自分を切り離してきたのですが、自分自身も切り離していました。 (この切り離した自分との統合は、今年の課題かなー) でね。母のように相手にパワーを奪われちゃっている人にとって、 同じような方法で相手からパワーを奪えないと、 「取り残された」と思ってエゴが反乱を起こすんでしょうね。 この辺りを全然分かっていなかったのです。 私も過去の恋愛で、相手に完璧にパワーを奪われて しまっている状態の時があって、 あの時の、一緒にいるのにヒシヒシと感じる 言いようのない喪失感といったら、それはもう、大変でした。 でも、それは私が勝手に放出してしまっただけで、 相手は十分自立していて別に私のパワーなんて 必要でも何でもないのですが、(この態度が更に焦燥感を煽るんですよね) 立ち上がる気力さえなくなってしまったのです。 私も経験していたのに、自分が立ち上がったら ころっと忘れていたんですね。(爆) (でも、今思い出しましたから^^;) 年末にね、ある調査に関わっていたんだけど、 自分の人生を他の人に委ねてしまっている人ほど、 compliment(感謝の言葉)を期待しているんだと知りました。 母もその一人で、感謝の言葉を必要としているのに それを、全然分かってあげていなかったな~って。 それでね。このパワーゲームから自由になるには 真の意味で自立するしかないのかも。 相手に感謝されたいからやるのではなく、自分がやりたいからやる。 相手に良かろうと思ってやるのではなく、自分が正しいと思う事をやる。 そして、自立が出来ていない人への思いやりと感謝の言葉を忘れない。 その上で、自分が出来ない事は、他の人に頼む。 ゴチャゴチャした気持ちのまま相手に頼むと「甘え」になりますが、 自分を知った上で他の人に頼むのは依存している訳じゃないんですね。 私もまだまだ、フツフツと依存の泡が湧き上がってきてしまうのですが、 鏡のような水面を目指して、日々精進ですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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