ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生 引退に寄せて
ドイツ音楽の正統派を担う名匠、ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生(82)が、ローマ・サンタチェチーリア管弦楽団の夏の客演を、体調不良のためキャンセルした。その際、指揮活動に戻ることはないと言明。1947年以来59年にわたる指揮活動を引退することを表明した。 これを、ネットのクラシック情報サイトのほか、音楽雑誌の「音楽の友5月号」でも、国別音楽リポートの「イタリア」の項目で確認。複数の情報筋からであったため、引退を確認した。 先生は、日本では、1964年以来、NHK交響楽団を指揮、1967年には、早くも同楽団の名誉指揮者、そして1994年には、最高の栄誉である桂冠名誉指揮者の称号を贈られた。 私にとっては、1994年のNHK交響楽団の定期公演で、ブラームスツィクルスを披露した以後、私に放送や実演を通じて、ドイツ音楽の真髄を教えてもらい、80歳を過ぎても背筋のピンと伸びたスタイルでのキリッとした指揮ぶり、筋の太い演奏を聴かせてもらうなど、印象深い指揮者でした。 私が先生の実演に触れたのは、 1996年5月25日の東京都港区・サントリーホールでフィラデルフィア管弦楽団との1.ベートーベン:合唱幻想曲(ピアノはピアノ名手でもある先生の弾き振り)2.同:交響曲第9番ニ短調「合唱」 2002年11月3日の岡山・シンフォニーホールでNHK交響楽団との1.ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調2.ブラームス:交響曲第1番ハ短調 とすべて、先生のレパートリーの中核を成すものばかりでした。 合唱幻想曲では、ピアノ名手としての先生の力強い演奏を聴くことができましたし、交響曲第9番では、とても緊張感のある演奏で、楽章が終わるごとに、ため息が漏れ、「至芸に対峙したときの聴き手の緊張感」を味わいました。 また、ベートーベンのピアノ協奏曲では、力衰え、座って指揮していた先生も、さすがに、ソロ奏者のいない交響曲では、NHK交響楽団の節目節目で演奏していた、ブラームスのハ短調交響曲を「極めて力強い」という表現では陳腐なくらいの鬼気迫る演奏で金字塔を打ち立てました。 その後、楽屋外でファンに見せた「アリガトウ」の言葉と、私への大きな厚い手でのがっしりした握手は、忘れられぬものとなりました。 ウィーン交響楽団、スイスロマンド管弦楽団、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団とそうそうたる楽団を率いた実力、そして、NHK交響楽団を名実ともに、毎年のような客演によって、ドイツ系音楽の楽団に育て上げた腕は、忘れることはできません。 先生は心臓病を患っていると聞き及びます。ぜひ、養生されいつまでも壮健でありますよう願っています。 今後はDVDやCD、NHKの特別番組などでその名演の軌跡を振り返りたい思います。