6、ぜんそく治療(その2)
昭和33年11月23日
K病院入院中の患者 木村照夫さん 旅館主 (50歳)
東京でー日本的にー有名なK病院(仮称)の特別病棟に入院中の患者、その人は伊豆長岡温泉にある某旅館主であるが、数年前にぜんそくが発病したので、各所の病院で治療を受けたが容易に開放に向かわず、次第に悪化したため、本年6月このK病院に入院した。
ぜんそくは特に呼吸が困難で苦しい病気で一日として楽な日はなく、そして時々激しい発作が来て危篤に陥ることがあるため、そのときは付添人から伊豆の本宅その他親類の人々へ電話などで急報し、奥さんはじめ、みんなが駆けつけるのが例であるという。
ある日付添人から電話が来て、催眠術をかけてなおしてもらいたい旨の依頼があった。そして、これは主治医先生の了解を得たということだった。
私は打ち合わせの時刻の午後一時に病院を訪れた。特別病棟の5階の個室、その入り口のドアーには「面会謝絶、主治医」と大きく書いた張り紙が出してあった。病室に入って来意を告げた。
そこには患者が危篤のため、今日も伊豆から見舞いにこられた奥さんをはじめ、その他の人々が駆けつけておられた。患者は激しい発作が起きているらしく、寝台の上でうつ伏せになり、頭だけを持ち上げて咳き込んでいて、看護婦が患者の口元を紙で何回も何回もぬぐったりして手当てをしている。咳がちょっと止まった時、私は患者に、
「催眠術をかけてなおしてあげます。催眠術をかけると咳など1ぺんになおりますよ」
と励ました。この一言が患者に対しては大きな暗示となったらしく、見るからに元気づいた。
そこで催眠術がどのようなものであるか予備知識を与えておくのがよいであろうと思い、それには口で説明するよりも実際の状態を見せたほうがよいと思った。まず患者の奥さんを見本にかけてみることとし、患者はそれを寝台の上で寝ていながら、ながめることにした。
奥さん(42,3歳)を椅子にかけさせてから、瞬間催眠法で催眠状態に引き入れておいて、いろいろと観念現象を起こさせた。奥さんのおしりが重くなって椅子から立てない暗示を与えた。すると奥さんは力一杯に立ち上がろうとして、もがいたとき御しりがわずか5センチほど浮いたが、たちまちドスン・・・・・と椅子の上に尻餅をついてしまった。
その様子が、いかにもこっけいに見えたので、これを寝台の上で眺めていた患者ー危篤の状態にある患者ーが突然、
「プ-ッ・・・・プーッ」
と、声を出して噴出してしまった。同時にみんなも笑ってしまった。ぜんそく患者がこのように突然噴き出すと、のどがゼラゼラして咳が出るものであるが、催眠術を信じたこの患者は、自己暗示によって、そのようなことがなくなったのであろうと私は思った。
そこで奥さんの催眠術を解いてから、次は患者に施術することになった。そして私は看護婦さんに、
「主治医先生にお立会いをお願いしますとお伝えください」
と頼んだ。やがて主治医先生がこられた。
寝台に寝ているのを、こちらから催眠術をかけるのであるが、この病室の寝台はその高さが普通の寝台より幾分高く、すべての人々からは見にくいらしいので、患者はそれに気付いたのでしょう。
「僕も椅子にかけていてやって、もらいましょう」
と、寝台から降りることになった。これを見ても患者がいかに元気になったかがわかった。
患者は椅子に腰をかけた。主治医先生は患者から一メートルほどの横の離れたところに腰をかけ、私も患者から一メートルほど離れたところの前方に位置した。
「では始めますよ、私が小さい声で合図をしますと、その瞬間にあなたの両手が自然に上がりますよ・・・・・合図をします・・・・・はいッ」
と言った。すると患者の両手が次第に上がって万歳をするときのように上がった。
「私を見てください・・・・私のように両手をあなたの顔に当ててください・・・・・そうです、そのままでいてくださいよ、また合図をします・・・・・はいッ」
「もう、その手が顔から離れません、離してごらんなさい・・・・・力を出して離してください・・・・・」
「手が離れないらしいから、どなたか患者さんの手を引っ張ってみてください」
と言ったが誰も返事をしない、私は少し離れたところにいる少女に対して、
「そこのお嬢さん、引っ張ってみてください」
と言った、少女は驚いたような顔をして、
「怖いから・・・・・・いやです」と答えた。
「では、看護婦さん引っ張ってみてください」
二人の看護婦さんも互に顔を見合わせて、返事をしない。どうもみんな気味が悪いらしい。
「じゃ、やむを得ませんから私が試みて見ましょう。」
と言って、私は患者の片手を持って力一杯引っ張ってみた。。手が離れないばかりか、患者は椅子にかけたまま、椅子もろとも引き寄せたれてくる。
このような現象をいろいろ起こさせてから、私は患者に対して、
「これは・・・・・いまこのような実験したのは、病気治療のためでなく、催眠術が完全にかかったことを、あなたに、そしてみなさんに立証したのです」
「これから病気治療の暗示を与えましょう」
「あなたの脳に命じます。あなたの脳に銘記させます。あなたの病気はこれで完全になおりました。これで楽に呼吸ができます。あなたも病気がなおったという確信を持ってください、病気はなおりました」
「胸が広々として楽になりました。よい気持ちになりました、もうすっかりなおりました」
と暗示を与えた。患者はいかにも感銘深いような表情でこの暗示を聞いていた。次で覚醒暗示を与えて催眠術を解いた。患者は、さもうれしそうな顔で、
「すっかりよくなりました、あーあ気分がよく胸が広くなって、呼吸が楽になりました、ありがとうございました」
と、大変な喜びようだった。
主治医先生は、患者と2,3分間何か話をしてから、私に謝辞を述べて室を退出された。
「もう退院しよう、月末まであと一週間だから、月末に退院することにしよう」
と、患者とその家族の人々とは、喜んで相談が決まったらしい、そして木村さんはもう患者らしくなく、病衣を着物に着替えている、私が別れを告げたとき、
「久しぶりで、これからみんなと町へ散歩に出かけます。お蔭でもう、すっかりよくなりましたから・・・・」
と喜び室内は、俄に春がやってきたような、賑やかさになった。
私が催眠術を覚えるきっかけとなった長尾盛之助先生の凄さは、何といっても、一回の施術で完治、ということでしょう。
その信頼性から、医者からも認められていた。このような方は、現在まで、私はほかに知らない。
もし、他に知っている人がいたら教えてほしい。
私はこの方の本で催眠療法なるものを覚えました。催眠療法とはこのようなものだと思っておりましたが、世間一般で行われているのは、少し違う気がします。