カテゴリ:小説 または トラバボケ
まだあどけない少年のような顔立ちをしているが、彼女はれっきとした17歳の女の子だ。身長はすらっと高く、170センチ以上ある。そしてむしろやせている体を、あまり体の線が分からないようなストレートカットの明るいブルージーンズと、長袖のグリーンのカットソーと少し黒っぽい紺色のコットンジャケットを着てスクランブル交差点に立ってあたりを見回している。
どう考えても人を待っている風情だ。 大きなスクランブル交差点の向こう側に、頭を五分刈りにした少年が立っている。運動をなにかやっているのだろう。日焼けした黒い顔を真っ赤に紅潮させ、彼は反対側に立っているあの少女を見ていた。彼は白のTシャツに赤と黒で土蜘蛛や影清の隈取がプリントしてあった。そのTシャツも汗でうっすら色が変わっている。 夕暮れの迫るスクランブル交差点の歩行者信号が青になった。彼は人込みに押されるように彼女の方に歩き出した。四方から突き飛ばされ、けつまずきながら半分位まで渡ったら、彼女が彼に気が付いた。とたんに思案気でちょっと暗そうだった彼女の顔が、ライトが下から当たったみたいに明るくなった。そして手のひらを自分の胸のあたりで広げて小さく手を振った。彼はそれを見るとばね仕掛けのように彼女に駆け寄っていった。 はあはあ息をつきながら、うつむき加減で 「ごめん、またせて。」 「ううん、別に待ってないよ」 スクランブル交差点はそろそろ車があふれる時間。渡っている人も急ぎ足になり、半分走り出している。歩道端にいる少年に走ってきた人が背中からぶつかって彼女の方に1、2歩よろけた。 「ごめんよ」とぶつかった人は言って慌ててそのまま走っていった。少年は不意を突かれて彼女に正面からぶつかってしまった。 「あっ」 そして彼女はぶつかった勢いで1、2歩後ずさって、しりもちをつきそうになった。とっさに少年が腰に手をまわして彼女を抱きかかえて支えた。 二人とも不意の感触が恥ずかしかった。 彼女は彼の手から急いではなれると、 「ありがとう」 と消え入るような小さな声で礼を言った。その顔はうつむいて、耳たぶまで赤く染まっていた。少年はぶつかった時にとっさにだした手を、空中でそのままにして固まっていた。彼は自分の胸に押し付けられた彼女の乳房の感触に、死ぬほど心臓が早く動いていた。 吐き出すように「え、映画行こう」とだけ言うと、彼女の先に立って歩き出した。そんな時少女は、彼の左手に自分の右手の平を滑り込ませる。少女は嬉しそうに微笑んでいるが、うなじまで真っ赤のままだった。少年は少女の手を取りぎゅっと握り、口元を緩ませてヘラッと笑った。それがちょっとこっけいで、なんか面白い顔だったから、少女は口元を左手で覆って「ぷっ」と吹き出した。 「セツ~~っ」 少年はちょっとムッとして彼女をにらんだ。少女も笑うのをやめてちょっとムッとした顔をした。 「その呼び方はオバチャン臭いから止めてって言ったでしょう。」 「でも、セツはセツじゃん」 「何で嫌がる言い方をするの」 「お前だって、人の顔見て笑・・・・」の刹那に彼は彼女の顔を見て心の中でしまったと思った。少女は目尻にうっすらと涙を溜めて少年をにらむと、踵を返して映画館の方とは逆に大股で歩きだした。 躊躇したが、すぐに走り出し彼女の前に回りこむ。少年に行く手を阻まれぐっと90度左に曲がろうとしたところで 「ごめん!」 と、少年は彼女に両手を合わせて拝む。セツはそんな少年をじっとにらむ。大きな両目からはポロポロポロポロと涙がこぼれているが、ぬぐおうともしない。 「バカ!」 周りの人が足をとめて二人を見る。ああ、男が女に謝っている。よくある光景・・・とすぐに回りは元通りの人の波だ。 「ごめん!」といいながらゆっくり顔を上げ彼女の顔を盗み見る。少年はセツが大好きだ。だからなぜか困らせてしまう。 「バカでもいいから、お願い、映画行こう」 「困る」 「そんな・・・」 「バカは困る」 そう言われて合わせた手を下ろしながら顔を見上げると、涙はまだ流れているけど、ちょっと微笑んだセツの顔が見えた。少年はほっとしてまたあのニヘラっとした顔になった。それを見たセツはまた「プッ」と、吹き出した。少年は今度は怒ったりしなかった。 映画館ではずっと手を握って映画を見ていた。 映画はどちらが言い出したのか分からないけれど『コープスブライド』ティム・バートン監督のアニメーションだ。 映画が終わり外にでると、すっかり夜になっていた。セツとケンジは映画館に入るときから、出て来た今まで、片時も手を離さなかった。 「夜になったね」 「うん」 「帰ろうか」 「うん」 喫茶店での他愛のない話や、友達みたいにお酒を飲んだり、ホテルに入ったりという事が、言わなくても分かっている事なんだけど、出来そうにないことが、ケンジには悔しいけれど、彼女の体の柔らかさや、彼女の笑顔、手のぬくもりを感じていると、本当にそンな事が嬉しかった。 セツもケンジも話をしながら、線路端の道を歩く。 「アキが『のぶた。』の話ばっかするわけ」 「うちらも結構みんなするね。」 「俺見てないからわかんないけど、先輩は好き?」 「こら」 「アっいけね」 少しまたケンジはヘマをしたようだ。セツはまたむくれている。顔をそっぽ向けているが、手は握ったままだ。 暫く押し黙ったまま暗い線路際の道を歩いた。と、ケンジは急に手を離した。えっ、と思ったのか反射的に彼の方を向いた少女に同じ手をもう一回少年は握りなおす。でも今度は指が一本一本絡み合うようにしっかり握った。セツは彼を見てそして自分の手を見た。少年はじっと少女を見ていた。 「センパイ。・・・俺は先輩が好きです。」 「ケンジ・・・」 「だけど、年の事気にしないでください。身長だって来年になれば俺の方が高くなります。」 「・・・うん」 「だから・・・なんて呼んだらいいですか?」 「・・・ごめんね、ケンジ。・・・セツでいいよ。もう気にしない。」 「セツ・・・」 ケンジは少女の名前を呟いてハッと気が付くと、手を握ったまままた歩き出した。少女はそんな彼の握られた手を両手で抱きしめて、肩のあたりに頬をぐりぐりっと押付けて満足そうな嬉しそうな笑がこぼれ出てきた。 指を絡ませてぎゅーっと握った手の力が、彼女を幸せにする。 彼はちょっと大柄な恋人が自分の手に無邪気にじゃれて、愛されていることが誇らしい。 二人が愛を知った夜。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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