長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「士道惨なり」(24) 「弦次郎っ」 軒下から声がかかり、弦次郎は肥満した土井武兵衛門の 姿をとらえた。武兵衛が脇差を差し、小走りに駆け寄ってきた。 「ご中老殿か」 朝霧のなかで二人は対峙し、互いを見つめあった。 「お主には謝る、わしが至らないばかりにお主の家族を死なせた」 弦次郎は右額から左頬に走る傷跡をみせ、黙して武兵衛を見つめた。 「その傷は十右衛門に付けられたものか、平助から覚悟のほどは聞いた。 思いなおしてはくれぬか?」 武兵衛が必死の思いで語りかけた。 汗を滴らせた武兵衛の言葉を無視し、弦次郎は決死の覚悟を披瀝した。 「遅うござる。奴の甘言で隠れ忍びの汚名をきせられ、一家の者すべてを 惨殺された拙者の気持ちが分かりますか。拙者は藩と一戦つかまつる覚悟」 「わしのたっての願いじゃ」 「貴方さまには感謝しておりますが、武士には士道としての意地がござる。 ここで退いては、冥途の家族に申し訳がたちませぬ」 弦次郎の顔に決然とした覚悟の色が刷かれている。 「騒動ともなると藩は潰れる、小藩と言えども藩士や家族が居る。こらえて くれえ、この通りじゃ」 武兵衛が地面に手を着いた。 「お手をおあげくだされ」 弦次郎は乾いた声をかけ、羽織に袖を通さず肩にかけ身体を温めている。 「どうあっても了解できぬか」 「くどうござる」 「お主をおとしめた者は、殿でも望月大膳殿でもない。稲葉十右衛門じゃ」 「存じてござ。ご中老、真の隠れ忍びは稲葉十右衛門にござるぞ」 「なんと-」 武兵衛が驚愕の色を浮かべた。 「すべてが冤罪にござったが、それを信じた殿を許すことは出来ませぬ」 二人が語り合っている間に朝日が差しはじめ、登城の藩士達の姿がちらほら 散見される。彼等は二人を遠巻きとして険しい顔付で眺めている。 なかには大刀を握り身構える者までいた。 「弦次郎とことを構えてはならぬ」 土井武兵衛が必死で制止した。 弦次郎は、その武兵衛の姿に感動を覚えたが、隠れ忍びの汚名を着せられ 殺された家族を思った。彼は萎える心を隠し無表情に藩士等を眺め廻した。 辺りは完全に明け染め、青空が広がりを見せはじめた。見慣れた山並みの 緑が眼に痛い。自分は間違ったことを成しておるのか、そんな思いがよぎった。 士道とはかくも残酷なものか、改めて知らされる思いであった。 だが矢は弓から放れたのだ、弦次郎はそう思った。 「弦次郎、十右衛門と尋常な勝負でことの決着を計ることは出来ぬか」 「奴ばかりではござらん、藩にも落ち度がござる。最早、何も話すことはござら ん、お帰り下され」冷めた口調で述べ、弦次郎は地面に腰を据えた。 あまり長いあいだ立ち続けては足腰に負担がかかる。剣客としての心得であ る。唐突に馬蹄の音が響き、騎乗した稲葉十右衛門を先頭に目付役人の物々 しい姿が現れた。 「弦次郎、隠れ忍びの分際でよくも図々しく城下に現れよったな」 十右衛門が十文字に襷をかけ、輪乗りを続けながら叫んだ。 「稲葉っ、談合中じゃ。手出しは成らぬ」 武兵衛が制した。 「これは異なことを申される、この役目は大目付としての拙者の努めにござる。 早々にお引取り下され」 稲葉十右衛門がそげた頬を歪め、土井武兵衛に噛み付いた。 「無礼者、そちが真の隠れ忍びであると弦次郎から聞いた。冤罪の罪で森家の 一家は死んだのじゃ」 土井武兵衛が負けずと大声を張り上げた。その言葉に藩士に動揺が奔った。 「馬鹿な、・・・・今更、何を仰せじゃ」 十右衛門が鼻先であしらった。 弦次郎がうっそりと立ち上がり、額に鉢巻を締め羽織を跳ね上げた。 「弦次郎、待て」 武兵衛が大手を広げ制止し苦悶の表情を浮かべた。 「いかが成された」 「稲葉っ、貴様っ」 武兵衛が苦痛の声を洩らし、弦次郎の腕の中に倒れこんだ。背中に深々と 矢が突き刺さっていた。 士道惨なり(1)へ
士道惨なり(最終回) Dec 28, 2010 コメント(7)
士道惨なり(25) Dec 27, 2010 コメント(5)
士道惨なり(23) Dec 24, 2010 コメント(5)
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