長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「士道惨なり」(最終回) 「稲葉っ、殿をお救いいたせ」 望月大膳が悲痛な声をあげた。 「承知」 稲葉十右衛門が馬上から飛び降り、着地と同時に抜刀し身構えた。 「十右衛門、この時を待ちかねたぞ」 弦次郎が村正を垂らし、うっそりと十右衛門に近づいた。 二人の身体から剣気が立ち上り、壮烈な空気が焼け跡を覆った。 その間に藩士が駆けより、殿の忠義の周囲を固めている。 稲葉十右衛門が正眼から、切っ先をやや斜めに構えを移した。 「それが貴様の刀法か、見たことのない構えじゃな」 弦次郎が稲葉十右衛門を余裕で揶揄った。どのような業であっても、 必ず倒す。弦次郎はそれだけの決意を秘めていたのだ。 藩士が忠義を救い出し、どっと弦次郎に殺到してきた。 「手出しは無用じゃ、これは拙者と弦次郎と一対一の立会いじゃ」 十右衛門が藩士を制し、身体を低め大刀の切っ先を地面すれすれとし 構えた。それは尋常な構えと違い異様な圧迫感を弦次郎に与えた。 「それが忍び者の刀法か」 弦次郎が村正を左上段に移し、眼を細め十右衛門に問いかけた。 「・・・」 十右衛門は無言でじりっと前進を始めた。 「貴様に引導を渡す」 弦次郎が一歩後退し、ゆっくりと斜め上段へと 構えを移している。それは心形流、霞の太刀と呼ばれる必殺業であった。 二人の対峙が続き、風が容赦なく吹き抜けた。十右衛門がそげた頬を ひくっかせ、鋭い眼差しに凄味をたたえ更に身体を低めた。 「弓矢じゃ、殺せ」 望月大膳の下知で藩士が弓に矢をつがえた。 「黒岩藩、汚し」 「弦次郎、臆したか」 十右衛門がすり足で接近し、必殺の突きを仕掛けた。弦次郎が身体を開き 十右衛門の刃が流れた。見逃さず村正を拝み討ちに振り下ろし、二人の位置 が逆転した。十右衛門が無念そうに奥歯を噛みしめた。額から血が滴ってい る。「矢を放て」大膳の声で数本の矢が弦次郎に襲いかかった。 弦次郎が身体を地面に倒し矢を防ぎ、起き上がるや藩士の群れに飛びこん だ。村正が唸り光芒が奔った、数名が朱に染まっている。 弦次郎が軽快な足さばきで十右衛門に迫った。それを感知した十右衛門は、 渾身の一撃を弦次郎の肩先に送りつけた。それは獣のような攻撃であった。 弦次郎も負けずと攻勢にでた、ぞくに言う袈裟斬りである。受けた十右衛門 の大刀が金属音をあげ、半ばより両断された。凄まじい業である。 十右衛門は身を捻って逃れんとしたが、弦次郎の太刀が早かった。 十右衛門は脇腹から胸板にかけ存分に斬り裂かれた、村正が彼の骨肉を絶 ち、陽光を受け跳ね上がり天を指した。 稲葉十右衛門がかっと眼を見開き仁王立ちとなっている。 心形流の霞の太刀を浴びたのだ、暫く立ち尽くしていた十右衛門の脇腹 から、血潮が噴水のように吹き上がり、どっと焼け跡に崩れ落ちた。 取り巻いた藩士から恐怖の声があがり、弦次郎はうっそりと佇んでいる。 その彼の前に忠義の蒼白な顔があった。 「拙者の勝ちにござる、これで冥途の家族に良き手土産ができ申した。最後に 申し上げる、隠れ忍びは稲葉十右衛門でござった。おめおめと謀られましたな」 「馬鹿を申せ」 恐怖にかられ忠義が絶叫した。 「愚かなり黒岩藩主」 弦次郎が揶揄した時、一斉に矢が放たれ背に数本突き 刺さった。「卑怯な」 弦次郎は村正を杖とし立ち尽くしたままでいる、 それは壮烈極まる姿であった。藩を相手に激闘を終えた悲劇の男の姿である。 「あと一刻ほどで幕府高家の戸川加賀守さまが当地を通過される。これで黒岩 藩は終わりにござるな」 血を吐くように弦次郎が告げた。 「なんと」 忠義と望月大膳が顔を見つめあった。 「遅うござる、拙者がお知らせ申した。この村正を密かに入手し、隠れ忍びの 冤罪を我等に科したことは明々白々にござる」 弦次郎の手には血潮を吸った村正が握られている。 風切り音が弦次郎の耳朶をうったが、弦次郎はかわさず自分の胸で受けた。 深々と矢が彼の胸に突き刺さっている。 「これで・・・黒岩藩は潰れたわ-・・」 口から血を滴らせた弦次郎が最後の叫びをあげ、ゆっくりと青空を仰ぎ見る ような姿勢で倒れ伏した。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。 「了」 今回をもちまして「士道惨なり」は完結いたしました。拙い小説にお付き合い いただき、心から感謝申しあげます。 士道惨なり(1)へ
士道惨なり(25) Dec 27, 2010 コメント(5)
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