カテゴリ:民話とあやかしの世界
それは、今から7年前の夏の出来事だ。 そのとき、砂は母から届け物を頼まれて、篠山市郊外にある農家へ出かけた。 農家の裏側には少し離れて裏山があり、家の前は青々とした稲穂が風にそよいで、見た目にも心地よかった。 家の茶の間に続く襖の向こうから、時々子供の声がしていた。 たぶん、息子夫婦が子連れで帰省でもしてるんだろうと思った。 ちょうど、日が沈んだ直後で時計は見なかったけど、7時前頃だと思った。 家の周囲は、 少し薄暗くなりはじめてた。 母から預かった茶菓子を手渡し、田んぼから吹く風に涼みながら、砂は縁側でスイカをご馳走になっていた。 と、そのとき、さっきまで賑やかに鳴いてた蝉とか、夏虫が鳴き止んで、辺りの音がまったくしなくなり、風もぱったり止んで無風になった。 ほんと、急に周りが静かになったんだ。 その代わりに、家の裏の方から数羽のカラスの鳴き声が聞こえてきた。 カラスの鳴く声が、何だか耳障りに思えた。 鳴き声は、どんどん数が増えて膨らんでゆく感じだった。 ちょっとうるさくなって気になりだした。 何だか凄くおかしいと思ったんだ。 砂は、縁側から立ち上がって、屋根越しに様子を見たら、山の方にカラスが群れてたんだ。 異様だと感じたのはカラスの数だった。 それが、尋常な数じゃなかったんだ。 その家のおばちゃんも、砂と一緒に見て唖然とした。 カラスの騒がしさに、家の奥にいたらしい息子夫婦も飛び出してきた。 群れは、見る見るうちに増えて、山の上半分が真っ黒に見えるほどになったんだ。 鳴き声は、物凄く大きくなっていて、仕舞いにはみんなの声がよく聞き取れなくなった。 カラスの群れは、黒い入道雲みたいに成長していた。 渦のようにも見えて怖くなった。 けたたましく鳴きながら、大きな固まりのようになってこっちへ迫ってきた。 近所の犬は、あちこちで激しく吠えた。 カラスの群れはわっと近づいてきた。 自転車で通りがかった人が、「うぁ~ッ」と声をあげてすくんだ。 歩いていた女子校生は驚いて立ち止まった。 群れは、黒い雲みたいになって近づいてくる。 自転車の人は慌てて逃げ、女子高生は道端にしゃがみ込んだ。 頭の上は、カラスので真っ暗になったように感じた。 甲高い鳴き声と羽音以外、何も聞こえず、おばちゃんと息子夫婦の顔や肩の辺りをカラスがかすめ飛んだ。 ちらっと見上げた空はカラスだらけだった。 目を閉じて、その場にしゃがむしかなかった。 カラスは身体にも当たった。 痛かったし、生臭いようなイヤな臭いもしたし、通り過ぎるまで動けなかった。 何秒ぐらいだっただろう... 30秒もない、ほんの少しの時間みたいだ。 そのとき腕時計を見たんだけど、時刻はまだ7時にはなっていなかった。 若夫婦と子供たちがいなかった。 どうやらカラスを追いかけて行ったみたいだった。 確かに、異常な出来事だったからね。 あれだけのカラスが飛び去ったのに、羽根一本落ちてないのが不思議だった。 日没後の薄暗い時間帯のことを"暮れ魔時"ともいう。 砂が、偶然遭遇した不思議な現象は、そんな夏の暮れ魔時に起きたことだったよ。 砂は、実家の母には届け物を渡したことだけ携帯電話で伝え、自分のアパートに戻った。 部屋に戻ってからも、何となくあれはいったい何だったんだろうと、記憶を辿った。 だけど、何かが心にひっかかってて、説明できない違和感を感じてたんだ。 だけど、砂が本当に怖さを感じたのは、それから後のことだった... (明日につづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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