後ろ...
昨夜、自宅で風呂あがりに歯を磨いてたとき、背中に視線を感じてゾッとした。気になったけど、独りっきりだし、振り返ったり鏡越しに後ろを確認するのが怖くて、大きな声で歌ったりしてシカトした。(笑)もう随分前のことだけど、砂浮琴にはイヤな体験がある。古い木造アパートだと、設計上の都合で仕方のないことだけど、陶製の洗面台が部屋や廊下の隅にあって、お決まりのように鏡がつけられている。そして、洗面台の真後ろが窓やドアという構造って珍しくない。あれは、1993年7月のとある週末だった。友人と待ち合わせて映画を観たあと、モトコーの食堂で食事をしたり、他の仲間の近況やら、噂話やらをしたりしながら遅くまで夜遊びした。その夜は、その友人のアパートに泊まることにしていた。アパートは、阪神電車の新在家駅から徒歩10分。六甲山の方向を向いて、ゆるい坂を登った古い住宅街の一角で、造りは古いが、風呂がついて2万5千円は魅力だったそうだ。友人は、「小腹が空いた」といい、少し離れたコンビニへ買出しに出掛けた。待つ間、鞄に入れっぱなしの出張セットを出し、歯を磨いたり顔を洗ったりしていた。ガチャっと、洗面台の真後ろでドアが開く音がした。戻ったと思い、顔の石鹸を流しながら声をかけたが返事はない。ドアが開き、友人が戸口に突っ立ってる感じはしていた。「どうした?」と顔を上げ、鏡越しに戸口を見た。「あッ!」としか声が出なかった。確かに、友人は戻って戸口に立っていた...立っているけど動かず、口を半開きにして精気がない。誰かの手が、後ろから彼の両肩をぐっと掴んでいて、右の肩口から、その誰かがにゅっと顔を覗かせた。仰天して、振り返って直接見た。「うわぁ~!」と、自分の口から出たと思えない大きな声が出た。皮膚がただれ、髪は抜け落ちて、目だけギョロっとした顔だった。それが、千切れた上半身だけで友人の肩を鷲掴みしてしがみついていた。必死とか、無我夢中ってのは、あんな感じだろう...とにかく、マグカップとか、石鹸とか、指に触れた物は全部投げつけ、彼の腕を引っ張って、部屋へ引き入れドアを閉めた。へなへなと、畳に座り込んだ友人は手ぶらだったし、ヒザから下は濡れて、腰の上まで泥が跳ね、片方の靴は脱げている。呆けたような顔をして、肩を揺すっても何の反応もしなく、頬を二、三発叩くと気がついたみたいでホッとした。部屋中、焦げたような、腐臭ような、イヤな匂いがした。何があったのか判らないけど、でも尋常じゃない。自分も落ち着き、何があったのか彼に訊ねた。彼がいうには、コンビニで肉まんとか柿ピーとか色々買い、店を出て、小さな川沿いを少し歩いたまでは覚えているそうで、その直ぐ後、急に足が重くなって記憶が途切れたそうだ。砂は部屋を片づけ、彼に風呂に入るよう勧めた。彼の両肩は、指の形に赤黒く内出血して腫れていた。次の休日を待って、その友人の引越しを手伝った。その後、彼は体調を崩して一度入院したけどそれ以上は何事もなく、1995年1月17日の地震後の火災で亡くなるまで、長田区で暮らした。享年29才だった。あの出来事の後、砂はすっかり夜の鏡が苦手になってしまった...あの日から、明日で18年...あの日、彼だけじゃなくほかの友人や仲間たちも大勢亡くなった。砂は、こうして思い出すことぐらいしかできない。