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ないものねだり

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2011.11.04
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昨日のつづき・・・




そんな事があってから、十日が過ぎようとしていた...
毎日、仕事に精を出す女房のおさんを尻目に、治兵衛自身はどうにも仕事が手につかず、
コタツに寝転がってその日その日を悶々として過していた。 


そこへ、治兵衛の叔母と孫右衛門が、小春の身請け話の噂を耳にして、
治兵衛のところへやって来た。治兵衛はここ十日ほど何処にも出かけておらず、
恐らく、その身請け話は伊丹の太兵衛だと合点して、治兵衛とおさんは叔母にそう伝えた。


叔母の方も、治兵衛とおさん言葉を信じたい気持ちは山々だったけど、
何せ、一度は遊女にハマった前科のある冶兵衛のこと... 
念のため、治兵衛に熊野権現の烏が刷られた起請文を書かせ、その場は帰った。


一方、一旦は諦めたものの心の底ではモヤモヤしていた治兵衛。
そう簡単に小春を忘れられるハズもない。叔母と孫右衛門が帰ったあと、
治兵衛はコタツに潜って、一人泣き伏してしまうんだ。 


女房のおさんは、そんな治兵衛の心を知って情けなく思いつつ...
その反面、自分の願いを聞き入れて、治兵衛を突き放してくれた小春との義理を考え、
伊丹の太兵衛に小春の身請けを勧めた。


そして、おさんは商売用の銀四百匁と子供や自分の着物を質に入れてまで、
小春の支度金を準備しようとしていたんだ。


しかし、運命の歯車は大きく狂いはじめた...


不意に、おさんの父親の五左衛門が勇み足で夫婦のところへやって来た。
五左衛門は、普段から治兵衛の無責任と放蕩振りを面白く思っているはずもなく、
幾ら直筆の起請文があっても、治兵衛への不信感を拭うことはなかった。 


父親として、娘のおさんの苦労を不憫に思い、治兵衛への怒りをあらわにして、
五左衛門は無理矢理におさんを連れ帰って離縁させてしまうんだ。 
せっかく治兵衛が立ち直ってくれる事をひたすら願ったおさんの献身も、
こうしてすべて無駄に終わってしまう。


身から出た錆びとはいえ、頼りにした女房も失った治兵衛は、悲嘆して益々思い詰める。
絶望し、それでも小春への想いも断ち切れず、すべてを失った治兵衛の足の向く先は、
小春のいる曽根崎新地のほかにはなかった...


一度はきっぱりと別れた。けれども、そこは元々は恋仲の二人だ。
小春は、逢いにきた治兵衛を口では咎めつつ、よくよく訳を聞くと、
無碍に突き放すことはできなかったんだ。



   


遊女の自分を愛してくれ、一緒に死んで欲しいと乞う治兵衛に、小春は心を動いた。


小春と治兵衛は人目を忍んで、蜆川から幾つか橋渡り、網島の大長寺の境内に辿り着く。
青白く、刃物のように鋭い三日月の夜だった。


わずかな月明かりの中で、声を押し殺しながら、
この世の最期を惜しんで、二人は何度も情交を交わした。


うっすらと空が白みはじめる頃、覚悟を決めた二人は、向かい合った。
もう二人の瞳には、微塵の迷いも見えなかった。俗世との縁を絶とうと二人は髪を下ろし、
治兵衛は小春をグッと抱き寄せて、手にした脇差で小春の喉をひと突きした。


白い肌に鮮血をほとばしらせ、小春は一筋の涙をこぼして息絶えた。
治兵衛は小春を抱き寄せ、手拭で愛しげに顔の血を拭って着物の乱れを整えてやり、
尽くしてくれた女房への義理立てのためか、治兵衛自身は小春から少し離れたところで、
ひとりで首を吊って果てた...



~終わり~



近松が書いた"世話物"の中でも秀作で、歌舞伎では近松半二によって改作された。
『心中紙屋治兵衛』は安永七年(1778)に上演されて以来、『時雨の炬燵』や、
現在の『河庄』として今も伝えられ上演されている。


近松作品を読むたびに、江戸時代の人の情の深さや、純粋さ、そして何より、
江戸文学の完成度の高さを感じる。感情表現の豊かな近松門左衛門は、
シェイクスピアを遥かに凌ぐ作家だと思う。













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Last updated  2011.11.04 01:38:58
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